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十善法語 / 巻第五・不綺語戒

ソレヂヤガ。戲モ一向ニ絕セヨト云テハナイ。過テ一向無ト云ヘカラス。但シ事ニ大小有リ。居處ニ輕重アルシヤ。武士ハ軍事ヲ戯レコトニ爲マシキナリ。佛者ハ法ヲ戯レコトニナスマシキナリ。王者ハ政事ヲ戯レコトニナスマシキナリ。此戯レハ一事ト雖トモ容易ナラヌシヤ。師傅タル者ハ必教導スヘク。臣トシテハ諫子ハナラヌシヤ。後世柳子厚ナトカ辨ハ當ラヌコトシヤ。

新字:ソレヂヤガ。戯モ一向ニ絶セヨト云テハナイ。過テ一向無ト云ヘカラス。但シ事ニ大小有リ。居処ニ軽重アルシヤ。武士ハ軍事ヲ戯レコトニ為マシキナリ。仏者ハ法ヲ戯レコトニナスマシキナリ。王者ハ政事ヲ戯レコトニナスマシキナリ。此戯レハ一事ト雖トモ容易ナラヌシヤ。師傅タル者ハ必教導スヘク。臣トシテハ諫子ハナラヌシヤ。後世柳子厚ナトカ弁ハ当ラヌコトシヤ。

書き下し

ソレヂヤガ。戯モ一向ニ絶セヨト云テハナイ。過テ一向無ト云ヘカラス。但シ事ニ大小有リ。居処ニ軽重アルシヤ。武士ハ軍事ヲ戯レコトニ為マシキナリ。仏者ハ法ヲ戯レコトニナスマシキナリ。王者ハ政事ヲ戯レコトニナスマシキナリ。此戯レハ一事ト雖トモ容易ナラヌシヤ。師傅タル者ハ必教導スヘク。臣トシテハ諫子ハナラヌシヤ。後世柳子厚ナトカ弁ハ当ラヌコトシヤ。

現代語訳

そうではあるが、戯れも一切絶てと言うのではない。過ぎて一切なくせと言うべきでもない。ただし事には大小があり、置かれた立場には軽重があるのである。武士は軍事を戯れごとにしてはならない。仏者は法を戯れごとにしてはならない。王者は政事を戯れごとにしてはならない。こうした戯れは、一つのことであっても容易ではないのである。師傅である者は必ず教え導くべきであり、臣としては諫めなければならないのである。後世の柳子厚(柳宗元)などの論は当たらないことである。

解説

尊者は戯れを全面否定しない。問題は、それぞれの本分にかかわる事柄を戯れにすることだとする。武士にとっての軍事、僧にとっての仏法、王者にとっての政治がそれである。柳宗元には桐葉封弟の故事を批判し、戯れの言葉を実行させる必要はなかったとする「桐葉封弟辯」があり、尊者はそれを当たらないと退ける。職場でも雑談やユーモアは潤滑油になるが、自分の本業の核心を茶化すことは信頼を崩す。遊びと本分の境目を見極めよという教えである。

この章句が説くこと

戯れ本分諫言王者武士柳宗元

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