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十善法語 / 巻第五・不綺語戒

在家カ出家ノ衣服ヲ着シ。出家ノ威儀ヲマネスル。此類身綺ニ屬ス。但シ此中ニ差排ヲ知ヘキ事カアル。一類ハ。梁ノ武帝カ身ヲ同秦寺ニ捨シテ。三寶ノ奴僕ト稱スル。ソノ志深重ナレトモ。正法ノ繩墨ニハ中ラヌシヤ。一類ハ。唐ノ太宗カ衲衣ヲ製シテ。軍中ニモ供養セシ。此等ハ正規則ニ準スルシヤ。醫者儒者ノ類カ法眼法印ナトノ僧官ニ任スル類ハ。在家カ出家ノマネスルヤウナレトモ。此ハ中古ヨリ其禮式ニナリ來リシ事故。身綺ニハナラヌシヤ。總シテ國風例式ニナリ來リシ事ハ。綺語ハ破セヌト云コトシヤ。在家ノ小兒ニ何法師ナトト名クル類。マヅコレモ綺語ハ破セヌシヤ。

新字:在家カ出家ノ衣服ヲ着シ。出家ノ威儀ヲマネスル。此類身綺ニ属ス。但シ此中ニ差排ヲ知ヘキ事カアル。一類ハ。梁ノ武帝カ身ヲ同秦寺ニ捨シテ。三宝ノ奴僕ト称スル。ソノ志深重ナレトモ。正法ノ縄墨ニハ中ラヌシヤ。一類ハ。唐ノ太宗カ衲衣ヲ製シテ。軍中ニモ供養セシ。此等ハ正規則ニ準スルシヤ。医者儒者ノ類カ法眼法印ナトノ僧官ニ任スル類ハ。在家カ出家ノマネスルヤウナレトモ。此ハ中古ヨリ其礼式ニナリ来リシ事故。身綺ニハナラヌシヤ。総シテ国風例式ニナリ来リシ事ハ。綺語ハ破セヌト云コトシヤ。在家ノ小児ニ何法師ナトト名クル類。マヅコレモ綺語ハ破セヌシヤ。

書き下し

在家カ出家ノ衣服ヲ着シ。出家ノ威儀ヲマネスル。此類身綺ニ属ス。但シ此中ニ差排ヲ知ヘキ事カアル。一類ハ。梁ノ武帝カ身ヲ同秦寺ニ捨シテ。三宝ノ奴僕ト称スル。ソノ志深重ナレトモ。正法ノ縄墨ニハ中ラヌシヤ。一類ハ。唐ノ太宗カ衲衣ヲ製シテ。軍中ニモ供養セシ。此等ハ正規則ニ準スルシヤ。医者儒者ノ類カ法眼法印ナトノ僧官ニ任スル類ハ。在家カ出家ノマネスルヤウナレトモ。此ハ中古ヨリ其礼式ニナリ来リシ事故。身綺ニハナラヌシヤ。総シテ国風例式ニナリ来リシ事ハ。綺語ハ破セヌト云コトシヤ。在家ノ小児ニ何法師ナトト名クル類。マヅコレモ綺語ハ破セヌシヤ。

現代語訳

在家の者が出家の衣服を着け、出家の立ち居振る舞いを真似る、この類は身綺に属する。ただしこの中に区別を知るべきことがある。一つは、梁の武帝が自らの身を同泰寺に捨てて、三宝の奴僕と称したこと。その志は深く重いけれども、正法の規矩にはかなわないのである。一つは、唐の太宗が衲衣(僧衣)を作らせて、軍中でも供養したこと。これらは正しい規則に準ずるのである。医者や儒者の類が法眼・法印などの僧官に任じられる類は、在家が出家の真似をするようであるが、これは中古からその礼式になってきたことなので、身綺にはならないのである。総じて、国の風習や慣例になってきたことは、綺語戒を破らないということである。在家の子どもに何々法師などと名づける類も、まずこれも綺語戒を破らないのである。

解説

在家が出家の姿を真似ることを扱いながら、尊者は細かな区別を立てる。梁の武帝は同泰寺に何度も捨身した篤信の皇帝として知られるが、志は尊くても法の筋目にはかなわないとされる。一方、医者や儒者が法眼・法印の位を受けるのは、日本で中世以来定着した慣例なので犯しにならないという。個人の思いつきで形を崩すことと、社会が長く積み上げてきた慣例に従うこととを分けて考える姿勢は、規則を運用する立場の人にとって今も参考になる。

この章句が説くこと

身綺慣例正法出家在家梁の武帝

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