十善法語 / 巻第五・不綺語戒
凡ソ大人タル者ハ。言語少キ習ヒシヤ。マシテカサリタル言。アヤアル辭。義理ニカナハヌ詞。ミナ其人品ニ相違ス。モシ言ヘハ大人ノ道ニ違フテ。此不綺語戒ヲ破スルシヤ。支那國ニ謂ユル滑稽隱語ノ類。我邦ニ謂ユルカル口誹諧狂言ナト。一切時ナラヌ言。處不相應ナル詞。皆此ニ攝ス。此中情詞艷曲ノ類。筆ヲ弄シテ紙上ニ書シ。兩片皮ヲ鼓シテ言出ス。常人ノ輕輕ニ看過スル處ナレドモ。有志ノ者ハ恐懼スル處シヤ。近クハ世間ニ在テ其害カ兆ス。遠クハ法性ニ背キテ。惡業種ヲ成スルシヤ。
新字:凡ソ大人タル者ハ。言語少キ習ヒシヤ。マシテカサリタル言。アヤアル辞。義理ニカナハヌ詞。ミナ其人品ニ相違ス。モシ言ヘハ大人ノ道ニ違フテ。此不綺語戒ヲ破スルシヤ。支那国ニ謂ユル滑稽隠語ノ類。我邦ニ謂ユルカル口誹諧狂言ナト。一切時ナラヌ言。処不相応ナル詞。皆此ニ摂ス。此中情詞艶曲ノ類。筆ヲ弄シテ紙上ニ書シ。両片皮ヲ鼓シテ言出ス。常人ノ軽軽ニ看過スル処ナレドモ。有志ノ者ハ恐懼スル処シヤ。近クハ世間ニ在テ其害カ兆ス。遠クハ法性ニ背キテ。悪業種ヲ成スルシヤ。
書き下し
凡ソ大人タル者ハ。言語少キ習ヒシヤ。マシテカサリタル言。アヤアル辞。義理ニカナハヌ詞。ミナ其人品ニ相違ス。モシ言ヘハ大人ノ道ニ違フテ。此不綺語戒ヲ破スルシヤ。支那国ニ謂ユル滑稽隠語ノ類。我邦ニ謂ユルカル口誹諧狂言ナト。一切時ナラヌ言。処不相応ナル詞。皆此ニ摂ス。此中情詞艶曲ノ類。筆ヲ弄シテ紙上ニ書シ。両片皮ヲ鼓シテ言出ス。常人ノ軽軽ニ看過スル処ナレドモ。有志ノ者ハ恐懼スル処シヤ。近クハ世間ニ在テ其害カ兆ス。遠クハ法性ニ背キテ。悪業種ヲ成スルシヤ。
現代語訳
およそ大人(徳ある立派な人)である者は、言葉が少ないのが習いである。まして飾った言葉、あやのある言葉、義理にかなわない言葉は、みなその人柄にそぐわない。もし口にすれば大人の道に背いて、この不綺語戒を破ることになる。中国で言う滑稽や隠語の類、わが国で言う軽口・俳諧・狂言など、時にかなわない言葉、場にふさわしくない言葉は、すべてここに含まれる。このうち恋の言葉や艶っぽい歌の類は、筆をもてあそんで紙に書き、二枚の唇を鳴らして口に出す。普通の人は軽々しく見過ごすところだが、志ある者は恐れ慎むところである。近くは世間にあってその害が兆し、遠くは法性(ものの本性)に背いて悪業の種をつくるのである。
解説
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『十善法語』巻第五・不綺語戒安永三年甲午正月二十三日示衆。師云。第五ヲ不綺語戒ト云。綺ハ織成シテ模様アル絹シヤ。字書ニ綺ハ欹也。其文欹邪不順トアル。アヤアル詞。正カラヌ辞ヲ綺語ト云。此戒ハ此絹ニ象リテ名ヲ立タモノシヤ。此模様アル言辞ハ。質直ヲ失フテ。散乱ヲ招ク。コレニ異名有テ。新訳ニ無義語ト翻ス。此ハ義理ナク利益ナキ辺ニ名ヲ立タモノシヤ。又雑穢語ト翻ス。純一ナラヌ辺ニ名ヲ立タモノシヤ。口四ノ中ニ。余ノ三戒ハ其罪著シケレハ。其悪タル。誰レ知ラヌ者ナイ。此戒ハ他ノ歓笑ヲ催スナレハ其相隠ル。其悪タル知ラヌ者カ多イ。尚モ細心ニ護持スヘキ戒シヤ。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒道ニモ大小アリ。徳ニモ大小吉凶アル。大人ハ大人ノ軌度アルベク。小人ハ小人ノ作法アルベシ。小人ノ作法ハ綺語ヲモ許スベキシヤ。婬男婬女花児ナトハ其器ナルベシシヤ。良民ノ中ニモ。侍女ノ類。小臣弄臣ノ類ハ。時時嬉戯アルモ可ナリシヤ。時ニノソミ興ニマカセテハ。公卿タリトモ少分ノ綺語ハ妨アルマシキ歟シヤ。但国君大人ト。真正ノ仏弟子トハ謹慎ニ護持スヘキコトシヤ。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒正ク云ハハ。出家人ニモセヨ。在家人ニモセヨ。大人タル者ハ。渾然トシテ璞ノ未タ磨セサル如ク。淵ノ浪ダタサル如ク。此処道ノ存スル所シヤ。伎芸ノ徳ヲ損スルヲ看ル。文釆ノ性ヲ傷フヲ看ル。詩ハ古詩ヲ誦シテ可ナリ。時アツテ志ヲ述ル。工拙ハ所論デナイ。歌ハ古歌ヲ詠シテ可ナリ。時アツテ懐ヲ寄ル。工拙ハ所論デナイ。善言善行ハ古ノ聖賢ヲ称シテ可ナリ。我言ヲ立ベキナラズ。我行ヲ飾ルベキナラズ。事ニ触テ唯過少ナカランコトヲ思フベキシヤ。典籍ヲ読ハ。略其義ニ通シテ可ナリ。其隠タルヲ索ムベカラス。書ハ姓名ヲ記シ得ハ可ナリ。其巧拙ハ所論デナイ。才能芸術ハ其人ヲ用テ可ナリ。籩豆ノ事ハ有司存スルシヤ。大抵不綺語戒ハ此ニ在テ全キコトシヤ。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒要ヲ取テ云ハ。諸法ノ其アリ姿ノ改ラス変セス。飾ラス違ハザルヲ。此中ニ不綺語戒ノ相ト名ツク。一法性カ天地トナリ来レハ。天象地理カ分ル。一法性カ人トナリ来レバ。此人道ガアル。衆星分野乱レス。日月出没ス。天ノアリ姿カクシヤ。海水外ニ環リ。山嶽内ニ聳ユ。泉源地脈条然トシテ乱レヌ。地ノアリ姿カクシヤ眼横鼻直。手ニ執捉シ。足ニ運奔ス。人ノアリ姿カクシヤ。此中ニ此道アル。無ト云レヌシヤ。身ノ有ベキ道ニ背クヲ身綺ト云。口ノ有ベキ道ニ違ヲ口綺ト云シヤ。華厳経ニ。綺語ノ罪。衆生ヲシテ三悪道ニ堕セシムトアル。此ヲ異熟果ト名ツク。悪趣ヲ出テテ。タマタマ人間ニ生スルモ。性軽躁ニシテ威光ナシトアル。多ク人ノアザケリ侮リヲ受ルトアル。此等ヲ等流果ト云。余ノ経論ニ。官人ナレハ位ヲ失ヒ。商賈ナレバ利ヲ失フトアル。此類ヲ增上果ト名ツク。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒仮令十善ノ世ニシテモ。馬子日傭ニ黙然トシテ馬挽ケト云デハナイ。寂静ニ地ツキセヨト云テナイ。馬子ガ馬子歌アル。彼カ分ニハ違犯ナラヌシヤ。日傭ノ者ノ音頭軽口。彼等ガ分ニハ違犯ナラヌシヤ。農人カ田ウヱ。草カリ。臼ヒキ。麦カチナト。ソレ相応ノ謡ヒモノアルベシ。此モ綺語ニハナラヌシヤ。若王侯此ヲ好メハ其違犯アルヘシ。木コリ漁リ舟子ナドノ歌。皆違犯ナラヌ。此等ノ中ニモ善悪ハ簡ブベシ。若婬蕩ニ随順スルコトアラハ。此ヲ禁ズベキシヤ。楚辞ノ漁父ノ辞ナドハ。仮設ケタルニモアルヘキガ。滄浪ノ水清バノ歌ハ。道ヲ寓セシ言ト見ユルシヤ。近代ノ僧徒カ世途ニワタリ。人情ヲ雑ヘ色色ノ謡ヒモノヲ作リ出シテ。相似ノ仏法ヲ寓スル。是等ハ全ク綺語ト云ヘシ。君子端人ハ目ニモ見ヌカヨイ。手ニモ取ヌカヨイ。此等ヲ玩ベバ。人民カ軽薄ニ落ル。ワロクコザカシクナル。大ニ風化ヲ損スルシヤ。マシテ真正法ニハ遠シテ遠キシヤ。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒又世中一類ノ者アリ。好テ小児ヲ戯弄シ恐怖セシメ。或ハ好テ愚昧ノ者ヲ戯弄シ。或ハ怪談ヲ設ケ。怪事ヲ構造シテ。世ヲ惑ハシ民ヲ誣ル類。ミナ灾ノ兆ト知ヘシ。綺語ノ体ヲ云ハ。語業ニ属シテ。口四ノ中ノ一種ナレドモ。上ニモ云シ如ク。身口意ノ三業ハ。元来合一ナルモノニテ。身業ニモ此犯アルシヤ。ソレ故律ニ此戒ヲ身口綺戒ト名ク。口業ノ綺ハ次上ニ略指セル如シヤ。身業ノ綺ト云ハ。下ナル者カ上ノ衣冠ヲ着シ。上ノ威儀ヲマ子スル。春秋ノ時。季氏カ八佾舞於庭ノ類。三家カ以雍ヲ徹スル類。漢ノ時南越王佗カ黄屋左纛ヲ作シ類。総シテ身ノ作業ノ礼式ヲ踰ルハ。身綺ノ甚シキシヤ。