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十善法語 / 巻第四・不妄語戒

智者ハ言語少ク。又妄語ナキシヤ。若多言ナレハ盛德ノ疵トナル。虛妄ナレハ身ヲ亡シ家ヲ喪フ。又愚者ハ多ク妄語スル。此因緣ニ由テ他ノ欺ヲモ受ルト云コトシヤ。タトヒ愚蒙ナル者モ眞實語ノ者ハ。一分智者ノ德シヤ。世間モ面白キ物テ。法性ノ軌則條然トシテ差ヌシヤ。又上古ノ人病發スル時針灸藥ヲ用ヒス。唯咒術ニ由テ平癒セシト云モ。其理有ルヘキシヤ。道ヲ語ル者ノ中ニ。諸ノ外道ハ詐リ多トアル。諸佛ト佛弟子ハ妄語ハ無トアル。此妄語ナキ人カ眞正法ヲ得ル。眞正法ノ人ハ此一切言音カミナ法門トナリ來ル。此言音中ニ法ヲ滿足シテ。無漏聖道ヲ得ルト云コトシヤ。佛世尊ハ無量却來此德闕失ナキニ由テ。其教勅ニ一切衆生カ背ヌトアル。

新字:智者ハ言語少ク。又妄語ナキシヤ。若多言ナレハ盛徳ノ疵トナル。虚妄ナレハ身ヲ亡シ家ヲ喪フ。又愚者ハ多ク妄語スル。此因縁ニ由テ他ノ欺ヲモ受ルト云コトシヤ。タトヒ愚蒙ナル者モ真実語ノ者ハ。一分智者ノ徳シヤ。世間モ面白キ物テ。法性ノ軌則条然トシテ差ヌシヤ。又上古ノ人病発スル時針灸薬ヲ用ヒス。唯咒術ニ由テ平癒セシト云モ。其理有ルヘキシヤ。道ヲ語ル者ノ中ニ。諸ノ外道ハ詐リ多トアル。諸仏ト仏弟子ハ妄語ハ無トアル。此妄語ナキ人カ真正法ヲ得ル。真正法ノ人ハ此一切言音カミナ法門トナリ来ル。此言音中ニ法ヲ満足シテ。無漏聖道ヲ得ルト云コトシヤ。仏世尊ハ無量却来此徳闕失ナキニ由テ。其教勅ニ一切衆生カ背ヌトアル。

書き下し

智者ハ言語少ク。又妄語ナキシヤ。若多言ナレハ盛徳ノ疵トナル。虚妄ナレハ身ヲ亡シ家ヲ喪フ。又愚者ハ多ク妄語スル。此因縁ニ由テ他ノ欺ヲモ受ルト云コトシヤ。タトヒ愚蒙ナル者モ真実語ノ者ハ。一分智者ノ徳シヤ。世間モ面白キ物テ。法性ノ軌則条然トシテ差ヌシヤ。又上古ノ人病発スル時針灸薬ヲ用ヒス。唯咒術ニ由テ平癒セシト云モ。其理有ルヘキシヤ。道ヲ語ル者ノ中ニ。諸ノ外道ハ詐リ多トアル。諸仏ト仏弟子ハ妄語ハ無トアル。此妄語ナキ人カ真正法ヲ得ル。真正法ノ人ハ此一切言音カミナ法門トナリ来ル。此言音中ニ法ヲ満足シテ。無漏聖道ヲ得ルト云コトシヤ。仏世尊ハ無量却来此徳闕失ナキニ由テ。其教勅ニ一切衆生カ背ヌトアル。

現代語訳

智者は言葉が少なく、また妄語がないのである。もし言葉が多ければ盛んな徳の疵となる。虚妄であれば身を滅ぼし家を失う。また愚者は多く妄語をする。この因縁によって他人の欺きをも受けるということである。たとえ愚かな者でも、真実の言葉の者には一分の智者の徳がある。世間も面白いもので、法性の規則は筋目正しく違わないのである。また上古の人は病が起こった時、鍼灸や薬を用いず、ただ呪術によって平癒したというのも、その理があるはずである。道を語る者の中で、諸々の外道は偽りが多い、とある。諸仏と仏弟子には妄語はない、とある。この妄語のない人が真正の法を得る。真正の法の人には、この一切の言葉の響きがみな法門となって現れてくる。この言葉の響きの中に法を満たして、無漏の聖道を得るということである。仏世尊は無量劫以来この徳に欠けることがないので、その教えと命に一切の衆生が背かない、とある。

解説

智者は言葉少なく偽りがなく、愚者は偽りが多いゆえに自らも欺かれると説く。多言は徳の疵となり、虚妄は身と家を滅ぼすという。慈雲は、愚かでも真実を語る人には一分の智者の徳があると言い、上古に呪術で病が治ったという話にも言葉の力の理を認める。そして嘘のない人にとってはあらゆる言葉が法の門になり、仏は無量劫にわたって偽りがないから衆生がその教えに従うという。口数を減らし、話す言葉を真実に限ることが、知恵と信頼を育てる近道だという教えである。

この章句が説くこと

智者多言不妄語真実語法門

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