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十善法語 / 巻第四・不妄語戒

今此戒ノ中ニ。要ヲ取テ言ヘハ。詐ヲ云ヌハカリカ甚深シヤ。最甚深シヤ。眞實語カ直ニ佛語シヤ。外ニ佛語ハナイ。此眞實語ヲ法ト名クル外ニ法ハナイ。此法ヲ精勤ニ護持スル人カ菩薩シヤ。外ニ菩薩ハナイ。三業共ニ甚深ナレトモ。諸戒共ニ甚深ナレトモ。今此戒ハカウシヤ。一切衆生ノ語言ハ法性ノ顯レタ姿シヤ。一切非衆生ノ音韻モ法性ノ顯レタ姿シヤ。楞嚴經ノ中。觀音菩薩ハ音聲ヲ聞テ圓通門ヲ得シトアル。耳根ヨリ三昧ヲ照ストアル。觀音菩薩ノ時ノ音聲モ。松風ハ松風水ノ音ハ水ノ音。今日現今ノ音聲モ。松風ハ松風。水ノ音ハ水ノ音。音聲ニ違ハナイ。此中決徹シテ疑ハネハ。觀世音菩薩ハカリテナイ。人人耳根ノ中ニ圓通門ヲ得ルコトシヤ。何ノ得ルトカ言ン。人人ミナ本來ノ觀世音菩薩シヤ。本來ノ圓通門シヤ。一切處ニカクシ得ヌシヤ。唯過去無量却來ノ妄語ノ業障ニ覆ハサレテ。暫ク現セヌハカリシヤ。

新字:今此戒ノ中ニ。要ヲ取テ言ヘハ。詐ヲ云ヌハカリカ甚深シヤ。最甚深シヤ。真実語カ直ニ仏語シヤ。外ニ仏語ハナイ。此真実語ヲ法ト名クル外ニ法ハナイ。此法ヲ精勤ニ護持スル人カ菩薩シヤ。外ニ菩薩ハナイ。三業共ニ甚深ナレトモ。諸戒共ニ甚深ナレトモ。今此戒ハカウシヤ。一切衆生ノ語言ハ法性ノ顕レタ姿シヤ。一切非衆生ノ音韻モ法性ノ顕レタ姿シヤ。楞厳経ノ中。観音菩薩ハ音声ヲ聞テ円通門ヲ得シトアル。耳根ヨリ三昧ヲ照ストアル。観音菩薩ノ時ノ音声モ。松風ハ松風水ノ音ハ水ノ音。今日現今ノ音声モ。松風ハ松風。水ノ音ハ水ノ音。音声ニ違ハナイ。此中決徹シテ疑ハネハ。観世音菩薩ハカリテナイ。人人耳根ノ中ニ円通門ヲ得ルコトシヤ。何ノ得ルトカ言ン。人人ミナ本来ノ観世音菩薩シヤ。本来ノ円通門シヤ。一切処ニカクシ得ヌシヤ。唯過去無量却来ノ妄語ノ業障ニ覆ハサレテ。暫ク現セヌハカリシヤ。

書き下し

今此戒ノ中ニ。要ヲ取テ言ヘハ。詐ヲ云ヌハカリカ甚深シヤ。最甚深シヤ。真実語カ直ニ仏語シヤ。外ニ仏語ハナイ。此真実語ヲ法ト名クル外ニ法ハナイ。此法ヲ精勤ニ護持スル人カ菩薩シヤ。外ニ菩薩ハナイ。三業共ニ甚深ナレトモ。諸戒共ニ甚深ナレトモ。今此戒ハカウシヤ。一切衆生ノ語言ハ法性ノ顕レタ姿シヤ。一切非衆生ノ音韻モ法性ノ顕レタ姿シヤ。楞厳経ノ中。観音菩薩ハ音声ヲ聞テ円通門ヲ得シトアル。耳根ヨリ三昧ヲ照ストアル。観音菩薩ノ時ノ音声モ。松風ハ松風水ノ音ハ水ノ音。今日現今ノ音声モ。松風ハ松風。水ノ音ハ水ノ音。音声ニ違ハナイ。此中決徹シテ疑ハネハ。観世音菩薩ハカリテナイ。人人耳根ノ中ニ円通門ヲ得ルコトシヤ。何ノ得ルトカ言ン。人人ミナ本来ノ観世音菩薩シヤ。本来ノ円通門シヤ。一切処ニカクシ得ヌシヤ。唯過去無量却来ノ妄語ノ業障ニ覆ハサレテ。暫ク現セヌハカリシヤ。

現代語訳

今この戒の中で要点を取って言えば、嘘を言わないことだけが甚だ深いのである。最も甚だ深いのである。真実の言葉がそのまま仏の言葉である。ほかに仏の言葉はない。この真実の言葉を法と名づけるほかに法はない。この法を精進して護持する人が菩薩である。ほかに菩薩はいない。身口意の三業はともに甚だ深く、諸々の戒もともに甚だ深いが、今この戒はこうである。一切の衆生の言葉は法性の現れた姿である。一切の衆生でないものの音や響きも法性の現れた姿である。楞厳経の中に、観音菩薩は音声を聞いて円通門(あらゆるものに通じる悟りの門)を得た、とある。耳根から三昧を照らした、とある。観音菩薩の時の音声も、松風は松風、水の音は水の音。今日ただいまの音声も、松風は松風、水の音は水の音。音声に違いはない。この中を徹底して見極めて疑わなければ、観世音菩薩だけではない。人々が耳根の中に円通門を得るのである。何を得ると言おうか。人々はみな本来の観世音菩薩である。本来の円通門である。あらゆる所に隠しようがないのである。ただ過去の無量劫以来の妄語の業障に覆われて、しばらく現れないだけなのである。

解説

嘘をつかないことこそ最も深く、真実の言葉がそのまま仏の言葉であり法であり、それを守る人が菩薩だと言い切る段である。楞厳経では、観音菩薩が音を聞くことを通して悟りに至ったと説かれ、慈雲は、観音が聞いた松風や水音と今日私たちが聞く音に違いはないと言う。誰もが本来は観音であり、ただ積み重ねた嘘の業に覆われて現れないだけだという。特別な修行を探す前に、まず偽りのない言葉を重ねることが本来の自分に戻る道だ、という教えとして受け取れる。

この章句が説くこと

真実語仏語菩薩観音楞厳経

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