十善法語 / 巻第四・不妄語戒
軍中ハ詐謀奇計モナケレハカナハヌコトナレトモ。ソノ大抵ヲ知ルカヨキシヤ。漢ノ陳平カ我多陰謀。我世卽廢不能復起ト云シハ。天命ヲ知タ言シヤ。唐書ニ。僕固懷恩。吐蕃。回紇。吐谷渾等ノ數十萬ノ衆ヲ誘ヒ入テ寇ヲナス時。朝臣ノ中。唯郭子儀ノミ外夷心伏セシユヱ。懷恩預メ諸夷ヲ欺テ。郭令公既ニ死セリト云。此對陳ノトキ。牙將李光瓚等ヲ使シテ回紇ニ說シムルニ。皆子儀カ存在セルヲ信セス。子儀自ラ時勢ヲ察シ。身ヲ挺テ往テ至誠ヲ告ルニシカズト云テ。僕從數騎ト與ニ回紇ノ軍中ニ往キ。定約シテ還ル。此等身ノ不妄語ヲ全セシ趣シヤ。
新字:軍中ハ詐謀奇計モナケレハカナハヌコトナレトモ。ソノ大抵ヲ知ルカヨキシヤ。漢ノ陳平カ我多陰謀。我世即廃不能復起ト云シハ。天命ヲ知タ言シヤ。唐書ニ。僕固懐恩。吐蕃。回紇。吐谷渾等ノ数十万ノ衆ヲ誘ヒ入テ寇ヲナス時。朝臣ノ中。唯郭子儀ノミ外夷心伏セシユヱ。懐恩預メ諸夷ヲ欺テ。郭令公既ニ死セリト云。此対陳ノトキ。牙将李光瓚等ヲ使シテ回紇ニ説シムルニ。皆子儀カ存在セルヲ信セス。子儀自ラ時勢ヲ察シ。身ヲ挺テ往テ至誠ヲ告ルニシカズト云テ。僕従数騎ト与ニ回紇ノ軍中ニ往キ。定約シテ還ル。此等身ノ不妄語ヲ全セシ趣シヤ。
書き下し
軍中ハ詐謀奇計モナケレハカナハヌコトナレトモ。ソノ大抵ヲ知ルカヨキシヤ。漢ノ陳平カ我多陰謀。我世即廃不能復起ト云シハ。天命ヲ知タ言シヤ。唐書ニ。僕固懐恩。吐蕃。回紇。吐谷渾等ノ数十万ノ衆ヲ誘ヒ入テ寇ヲナス時。朝臣ノ中。唯郭子儀ノミ外夷心伏セシユヱ。懐恩預メ諸夷ヲ欺テ。郭令公既ニ死セリト云。此対陳ノトキ。牙将李光瓚等ヲ使シテ回紇ニ説シムルニ。皆子儀カ存在セルヲ信セス。子儀自ラ時勢ヲ察シ。身ヲ挺テ往テ至誠ヲ告ルニシカズト云テ。僕従数騎ト与ニ回紇ノ軍中ニ往キ。定約シテ還ル。此等身ノ不妄語ヲ全セシ趣シヤ。
現代語訳
軍中では詐りの謀や奇計もなくてはかなわないことであるが、その大体の程度を知るのがよいのである。漢の陳平が、私は陰謀が多い。私の家系はすぐに廃れて再び起こることはできないだろう、と言ったのは、天命を知った言葉である。唐書に、僕固懐恩が吐蕃・回紇・吐谷渾などの数十万の軍勢を誘い入れて侵攻した時、朝廷の臣の中でただ郭子儀だけに外の異民族が心服していたので、懐恩はあらかじめ諸々の異民族を欺いて、郭令公はすでに死んだと言っていた。この対陣の時、牙将の李光瓚らを遣わして回紇を説得させたが、みな子儀が生きていることを信じなかった。子儀は自ら時勢を察し、身を挺して行って至誠を告げるに越したことはないと言って、従者数騎とともに回紇の軍中に行き、約束を定めて帰った。これらは身の不妄語を全うした趣である。
解説

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