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十善法語 / 巻第四・不妄語戒

ナセゾ。元來言句カ法性等流シヤ。十善相應シテ人中ノ舌根ヲ得ル。嘗テ五味ヲ知ル。辛酸タガハヌ苦甘誤ラヌ。神農ナレハ其溫熱寒冷ノ性ヲ知ル。易牙ナレハ溜水澠水ヲ分辨スルシヤ。此舌根ヲ以テ自性加持ノ眞言ヲ受誦スル。身印相應スル。憶念相應スル。身業ハ意業口業ノ如。意業ハ口業身業ノ如ク。口業ハ身業意業ノ如ク。三密相應シテ其理速疾ニ顯ルルシヤ。此モ妄語綺語コウタ淨瑠璃ナトニ隨順スル人カ。眞言陀羅尼ニ功驗有ウ理ハナイ。眞言宗ノ中ニハコトニ口業ヲ愼ム人ヲ得マホシキコトシヤ。

新字:ナセゾ。元来言句カ法性等流シヤ。十善相応シテ人中ノ舌根ヲ得ル。嘗テ五味ヲ知ル。辛酸タガハヌ苦甘誤ラヌ。神農ナレハ其温熱寒冷ノ性ヲ知ル。易牙ナレハ溜水澠水ヲ分弁スルシヤ。此舌根ヲ以テ自性加持ノ真言ヲ受誦スル。身印相応スル。憶念相応スル。身業ハ意業口業ノ如。意業ハ口業身業ノ如ク。口業ハ身業意業ノ如ク。三密相応シテ其理速疾ニ顕ルルシヤ。此モ妄語綺語コウタ浄瑠璃ナトニ随順スル人カ。真言陀羅尼ニ功験有ウ理ハナイ。真言宗ノ中ニハコトニ口業ヲ慎ム人ヲ得マホシキコトシヤ。

書き下し

ナセゾ。元来言句カ法性等流シヤ。十善相応シテ人中ノ舌根ヲ得ル。嘗テ五味ヲ知ル。辛酸タガハヌ苦甘誤ラヌ。神農ナレハ其温熱寒冷ノ性ヲ知ル。易牙ナレハ溜水澠水ヲ分弁スルシヤ。此舌根ヲ以テ自性加持ノ真言ヲ受誦スル。身印相応スル。憶念相応スル。身業ハ意業口業ノ如。意業ハ口業身業ノ如ク。口業ハ身業意業ノ如ク。三密相応シテ其理速疾ニ顕ルルシヤ。此モ妄語綺語コウタ浄瑠璃ナトニ随順スル人カ。真言陀羅尼ニ功験有ウ理ハナイ。真言宗ノ中ニハコトニ口業ヲ慎ム人ヲ得マホシキコトシヤ。

現代語訳

なぜか。もともと言葉は法性から等しく流れ出たものだからである。十善に相応して人の中の舌根を得る。かつて五味を知る。辛さ酸っぱさを違えず、苦さ甘さを誤らない。神農であればその温熱寒冷の性質を知る。易牙であれば溜水と澠水を見分けるのである。この舌根によって、自らの本性の加持である真言を受けて誦する。身の印が相応する。心の念が相応する。身業は意業や口業のように、意業は口業や身業のように、口業は身業や意業のようになって、三密が相応してその理が速やかに現れるのである。これも、妄語や綺語、小歌や浄瑠璃などに従う人の真言陀羅尼に効験があるはずの道理はない。真言宗の中には、ことに口業を慎む人を得たいものである。

解説

言葉がなぜ力をもつのかを、慈雲は舌根から説明する。十善の果報として人の舌を得て味を知り、神農は薬の性質を、易牙は川の水の味の違いまで見分けたという。その同じ舌で真言を唱え、身と口と心の働きがそろうとき、真言の理が速やかに現れる。神農は草木を嘗めて薬を知ったと伝わる中国古代の帝王、易牙は春秋時代の料理人である。嘘や飾った言葉、流行り歌に口を慣らした人の真言に効験はないという指摘は、専門の技を支えるのは日々の言葉の使い方だ、という自分の宗派への戒めでもある。

この章句が説くこと

三密真言宗口業舌根法性

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