十善法語 / 巻第四・不妄語戒
喩ヘハ日月ハ常ニ明ナレトモ。雲霧カ覆ヘハ其光明暫ク現セヌ樣ナモノシヤ。現セヌト云テモ日月ノ光明カナク成タトイハレヌ。暫クテモ雲霧カ薄クナレハ。其光ハアラハルルシヤ。通シテ云ハ。一切時一切處一切事物ニ皆其德具テ有モノシヤ。天ニハ天ノ德有リ。地ニハ地ノ德有リ。山ニハ山ノ德有リ。川ニハ川ノ德有リ。下器物草木ニ至ルマテ其功用アリ其德有ルシヤ。鳥獸ニモ麒麟鳳凰神龜神龍等皆其德有ト云コトシヤ。人ニ生レテ鳥獸器物ニモ及ヌハ。淺マシキコトシヤ。此德ヲ知ウト思ハハ。先言語ヲ守ヲ要トスヘキシヤ。
新字:喩ヘハ日月ハ常ニ明ナレトモ。雲霧カ覆ヘハ其光明暫ク現セヌ様ナモノシヤ。現セヌト云テモ日月ノ光明カナク成タトイハレヌ。暫クテモ雲霧カ薄クナレハ。其光ハアラハルルシヤ。通シテ云ハ。一切時一切処一切事物ニ皆其徳具テ有モノシヤ。天ニハ天ノ徳有リ。地ニハ地ノ徳有リ。山ニハ山ノ徳有リ。川ニハ川ノ徳有リ。下器物草木ニ至ルマテ其功用アリ其徳有ルシヤ。鳥獣ニモ麒麟鳳凰神亀神竜等皆其徳有ト云コトシヤ。人ニ生レテ鳥獣器物ニモ及ヌハ。浅マシキコトシヤ。此徳ヲ知ウト思ハハ。先言語ヲ守ヲ要トスヘキシヤ。
書き下し
喩ヘハ日月ハ常ニ明ナレトモ。雲霧カ覆ヘハ其光明暫ク現セヌ様ナモノシヤ。現セヌト云テモ日月ノ光明カナク成タトイハレヌ。暫クテモ雲霧カ薄クナレハ。其光ハアラハルルシヤ。通シテ云ハ。一切時一切処一切事物ニ皆其徳具テ有モノシヤ。天ニハ天ノ徳有リ。地ニハ地ノ徳有リ。山ニハ山ノ徳有リ。川ニハ川ノ徳有リ。下器物草木ニ至ルマテ其功用アリ其徳有ルシヤ。鳥獣ニモ麒麟鳳凰神亀神竜等皆其徳有ト云コトシヤ。人ニ生レテ鳥獣器物ニモ及ヌハ。浅マシキコトシヤ。此徳ヲ知ウト思ハハ。先言語ヲ守ヲ要トスヘキシヤ。
現代語訳
喩えれば、日月は常に明るいけれども、雲や霧が覆えばその光明はしばらく現れないようなものである。現れないと言っても、日月の光明がなくなったとは言えない。しばらくでも雲や霧が薄くなれば、その光は現れるのである。通して言えば、あらゆる時、あらゆる所、あらゆる事物に、みなその徳が具わっているものである。天には天の徳があり、地には地の徳があり、山には山の徳があり、川には川の徳がある。下は器物や草木に至るまで、その働きがありその徳がある。鳥獣にも、麒麟・鳳凰・神亀・神龍など、みなその徳があるということである。人に生まれて、鳥獣や器物にも及ばないのは、浅ましいことである。この徳を知ろうと思うなら、まず言葉を守ることを要とすべきである。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・修身・有道の言と有德の言有道の言は、之を心悟に將ふ。有德の言は、之を躬行に得。有道の言は弘暢なり、有德の言は親切なり。有道の言は萬貨の肆に遊ぶが如く、有德の言は萬貨の商を發するが如し。有道者は言はざるを容れず、有德者は言を俟つ無し。然りと雖も、未だ嘗て言はずんばあらず。故に曰く、「德有る者は必ず言有り」と。
-
『養生訓』巻第一・総論上おこたりてねぶりを好めば、くせになりて睡多くしてこらへがたし。ねぶりのこらへがたき事も、また飲食色慾に同じ。初は強くこらへざれば防ぎがたし。つとめて睡をすくなくし、ならひて慣れぬれば、おのづから睡すくなし。ならひて睡をすくなくすべし。言語をつつしみて、無用の言をはぶき、言をすくなくすべし。多く言語すれば、必ず気へりて、又気のぼる。甚だ元気をそこなふ。言語をつつしむも、亦徳をやしなひ、身をやしなふ道なり。
-
言志四録・言志後録 第二百三条 徳有る者は必ず言有り朱子は経学を以て文章を掩ふ。徳有る者は必ず言有り。朱・呂の二家の如きは、真に是れ能文なり。
-
新語・明誡君は徳に明らかなれば、以て遠きに及ぶ可く、臣は義に篤ければ、以て大に至る可し。何を以て之を言う。昔、湯は七十里の封を以て、帝王の位に升り、周公は自ら三公の官を立て、徳を五帝三王に比ぶ。斯れ乃ち口に善言を出だし、身に善道を行うの致す所なり。故に安危の要、吉凶の符は、一に身に出で、存亡の道、成敗の事は、一に善行に起こる。堯・舜は日月を易えずして興り、桀・紂は星辰を易えずして亡ぶ。天道は改まらずして人道易わるなり。夫れ天地の政を持し、四海の綱を操るに、屈申は法を失う可からず、動作は度を離る可からず。謬誤口より出づれば、則ち乱は万里の外に及ぶ。何ぞ況んや無罪を獄に刑し、無辜を市に誅するをや。
-
『酔古堂剣掃』集醒・口を開けば雌黃月旦の言を生ず口を開けば輒ち雌黃・月旦の言を生ず、吾れ微言の將に絕えんとするを恐る。 筆を捉れば便ち繽紛綺麗の飾に驚く、當に是れ妙處傳はらざるべし。
-
『春秋左氏伝』昭公元年 言を以て物を知る三月、甲辰、盟ふ。楚の公子圍服を設け衛を離ぬ。叔孫穆子曰く、「楚の公子美なり、君なるかな」と。鄭の子皮曰く、「二執戈の者前めり」と。蔡の子家曰く、「蒲宮に前有り、亦た可ならずや」と。楚の伯州犁曰く、「此の行や、辭して之を寡君に假れり」と。鄭の行人揮曰く、「假りて反さざらん」と。伯州犁曰く、「子姑く子皙の背誕せんと欲するを憂へよ」と。子羽曰く、「當璧猶ほ在り。假りて反さずとも、子其れ憂ひ無からんや」と。齊の國子曰く、「吾二子に代りて愍ふ」と。陳の公子招曰く、「憂へずんば何ぞ成らん。二子樂しめり」と。衛の齊子曰く、「苟くも或いは之を知らば、憂ふと雖も何ぞ害あらん」と。宋の合左師曰く、「大國令し、小國共す。吾共するを知るのみ」と。晉の樂王鮒曰く、「小旻の卒章善し。吾之に從はん」と。會より退く。子羽子皮に謂ひて曰く、「叔孫は絞にして婉、宋の左師は簡にして禮、樂王鮒は字しみて敬す。子と子家とは之を持す。皆保世の主なり。齊・衛・陳の大夫は、其れ免れざらんか。國子は人に代りて憂ひ、子招は憂ひを樂しみ、齊子は憂ふと雖も害せずとす。夫れ及ばずして憂ふると、憂ふべくして樂しむと、憂へて害せずとするとは、皆憂ひを取るの道なり。憂ひ必ず之に及ばん。大誓に曰く、『民の欲する所は、天必ず之に從ふ』と。三大夫憂ひを兆す、能く至ること無からんや。言以て物を知るとは、其れ是の謂なり」と。