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十善法語 / 巻第三・不邪婬戒

世間ニ一類ノ者有テ內典外典ノ差別ニ迷ヒ。大小乘ノ分位ヲ執シ。是非鋒起スル。是ハ傳戒相承ノ義テハナキシヤ。此十善ノ中ハ世間出世間ヲ該羅シ。大小兩乘ヲ融會シテ。世間ヲ利益スルト云コトシヤ。出家ニモアレ。在家ニモアレ。ソノ道ヲ守ル者ハミナ此法ノ中ノ人タルシヤ。

新字:世間ニ一類ノ者有テ内典外典ノ差別ニ迷ヒ。大小乗ノ分位ヲ執シ。是非鋒起スル。是ハ伝戒相承ノ義テハナキシヤ。此十善ノ中ハ世間出世間ヲ該羅シ。大小両乗ヲ融会シテ。世間ヲ利益スルト云コトシヤ。出家ニモアレ。在家ニモアレ。ソノ道ヲ守ル者ハミナ此法ノ中ノ人タルシヤ。

書き下し

世間ニ一類ノ者有テ内典外典ノ差別ニ迷ヒ。大小乗ノ分位ヲ執シ。是非鋒起スル。是ハ伝戒相承ノ義テハナキシヤ。此十善ノ中ハ世間出世間ヲ該羅シ。大小両乗ヲ融会シテ。世間ヲ利益スルト云コトシヤ。出家ニモアレ。在家ニモアレ。ソノ道ヲ守ル者ハミナ此法ノ中ノ人タルシヤ。

現代語訳

世間に一類の者がいて、内典(仏典)と外典(仏典以外の書)の区別に迷い、大乗と小乗の位分けに執着して、是非の論争を鋒のように起こす。これは戒を伝え受け継ぐ本来の意味ではないのである。この十善の中には世間と出世間をすべて包み、大乗と小乗の両方を融け合わせて、世間を利益する、ということである。出家であれ、在家であれ、その道を守る者はみなこの法の中の人なのである。

解説

仏典か儒書か、大乗か小乗かといった区分にこだわって言い争う者たちを、慈雲は戒を伝える本来の姿ではないと退ける。十善は世間と出世間、大乗と小乗を包みこむ道であり、出家か在家かを問わず、その道を守る者はみな同じ法の中にいるという。宗派や立場の垣根よりも、共に守っている根本の道を重んじる慈雲の姿勢がよく表れている。所属や分類をめぐって争う前に、互いに共通する根本を守っているかを見るという態度は、組織の中の対立を解くときにも役立つ。

この章句が説くこと

十善大乗小乗在家出家

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