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十善法語 / 巻第二・不偸盜戒

爰ニ至テ君臣分定ル。君ハ常ニ君タリ。臣ハトコシナヘニ臣タリ。タトヒ首ニ惡瘡アリテ足肥白ナルモ。其位ノ易ヘラレヌ如ク。其君愚昧ナルモ臣トシテハ推戴スヘシ。其臣德アルモ敢テ其位ヲ窺審スヘカラス。支那上代ニ堯ノ位ヲ舜ニ讓ル。舜ノ位ヲ禹ニ讓ル。其聖人至公ノ心ハ貴ムヘキナレトモ。萬國古今ニ推通シテ道トスヘキ道テハナイ。湯ノ桀ヲ斥ケ。武ノ紂ヲ亡ス。ソノ民ヲ塗炭ニ救フ志ハ貴ムヘキナレトモ。萬國古今ニ推通シテ道トスヘキ道テハナイ。看ヨ。後世臣トシテ君ヲ放チ。君ヲ弑スル者。皆湯武ヲ以テ口實トス。臣ノ臣タラヌ此類シヤ。此十善ナクハ世間黑暗ト云モ可ナリシヤ。

新字:爰ニ至テ君臣分定ル。君ハ常ニ君タリ。臣ハトコシナヘニ臣タリ。タトヒ首ニ悪瘡アリテ足肥白ナルモ。其位ノ易ヘラレヌ如ク。其君愚昧ナルモ臣トシテハ推戴スヘシ。其臣徳アルモ敢テ其位ヲ窺審スヘカラス。支那上代ニ堯ノ位ヲ舜ニ譲ル。舜ノ位ヲ禹ニ譲ル。其聖人至公ノ心ハ貴ムヘキナレトモ。万国古今ニ推通シテ道トスヘキ道テハナイ。湯ノ桀ヲ斥ケ。武ノ紂ヲ亡ス。ソノ民ヲ塗炭ニ救フ志ハ貴ムヘキナレトモ。万国古今ニ推通シテ道トスヘキ道テハナイ。看ヨ。後世臣トシテ君ヲ放チ。君ヲ弑スル者。皆湯武ヲ以テ口実トス。臣ノ臣タラヌ此類シヤ。此十善ナクハ世間黒暗ト云モ可ナリシヤ。

書き下し

爰ニ至テ君臣分定ル。君ハ常ニ君タリ。臣ハトコシナヘニ臣タリ。タトヒ首ニ悪瘡アリテ足肥白ナルモ。其位ノ易ヘラレヌ如ク。其君愚昧ナルモ臣トシテハ推戴スヘシ。其臣徳アルモ敢テ其位ヲ窺審スヘカラス。支那上代ニ堯ノ位ヲ舜ニ譲ル。舜ノ位ヲ禹ニ譲ル。其聖人至公ノ心ハ貴ムヘキナレトモ。万国古今ニ推通シテ道トスヘキ道テハナイ。湯ノ桀ヲ斥ケ。武ノ紂ヲ亡ス。ソノ民ヲ塗炭ニ救フ志ハ貴ムヘキナレトモ。万国古今ニ推通シテ道トスヘキ道テハナイ。看ヨ。後世臣トシテ君ヲ放チ。君ヲ弑スル者。皆湯武ヲ以テ口実トス。臣ノ臣タラヌ此類シヤ。此十善ナクハ世間黒暗ト云モ可ナリシヤ。

現代語訳

ここに至って君臣の分が定まる。君は常に君である。臣はとこしえに臣である。たとえ頭に悪いできものがあり足が肥えて白くても、その位置が換えられないように、その君が愚昧であっても臣としては推戴すべきである。その臣に徳があっても、あえてその位を窺い狙ってはならない。中国の上代に、堯が位を舜に譲った。舜が位を禹に譲った。その聖人の至公の心は尊ぶべきであるけれども、万国古今に通じて道とすべき道ではない。湯王が桀を退け、武王が紂を亡ぼした。その民を塗炭の苦しみから救う志は尊ぶべきであるけれども、万国古今に通じて道とすべき道ではない。見なさい。後世、臣として君を追放し、君を弑する者は、みな湯王・武王を口実とする。臣が臣でない、この類である。この十善がなければ、世間は真っ暗闇と言ってもよいのである。

解説

君臣の分を盗まないことも不偸盗戒に含めて説く段である。頭にできものがあっても足と取り替えられないように、君が愚かでも臣は推戴し、徳ある臣も位を狙ってはならないという。堯舜の禅譲や湯武の放伐も、志は尊いが普遍の道ではなく、後世の簒奪者の口実になったとする。これは江戸時代の君臣観に立つ主張であり、今日の組織にそのまま当てはめるべきではない。汲み取るべきは、立派な理念が権力を奪う口実に使われやすいという、歴史を見る冷静な目である。

この章句が説くこと

君臣名分禅譲放伐湯武当時の倫理

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