十善法語 / 巻第二・不偸盜戒
佛物ヲ法ニ用フルモ盜シヤ。僧ニ用ルモ盜シヤ。法物ヲ佛ニ用ルモ僧ニ用フルモ盜シヤ。僧物ヲ佛若ハ法ニ用ルモ盜シヤ。此類經論律藏ノ中ニ微細ニ演說アルシヤ。此佛物ヲ法ニモ用ヒス僧ニモ用ヒス。法物ヲ僧ニモ用ヒス佛ニモ用ヒヌ樣ナルコト。愚者庸人ハ窮屈ニ思フヘケレトモ。サウテナイ。是等カ法性等流ノ法シヤ。佛法ノ佛法タル。十善ノ十善タル此ニ在シヤ。道ノ道タル。人ノ人タル。爰ニ至テ天地位定ル。梵王帝釋ハ此世界有ン限ソノ位ニ處シテ動セヌト云コトシヤ。日月星辰ハ此世界有ン限。規度定テ亂レヌシヤ。向上ノ趣ハ且ク略ス。此人界ノ中。近クハ身ヲ百年ニ修シテ。家ヲ千歳ニ守リ。國ヲ萬萬世世傳フル道シヤ。
新字:仏物ヲ法ニ用フルモ盗シヤ。僧ニ用ルモ盗シヤ。法物ヲ仏ニ用ルモ僧ニ用フルモ盗シヤ。僧物ヲ仏若ハ法ニ用ルモ盗シヤ。此類経論律蔵ノ中ニ微細ニ演説アルシヤ。此仏物ヲ法ニモ用ヒス僧ニモ用ヒス。法物ヲ僧ニモ用ヒス仏ニモ用ヒヌ様ナルコト。愚者庸人ハ窮屈ニ思フヘケレトモ。サウテナイ。是等カ法性等流ノ法シヤ。仏法ノ仏法タル。十善ノ十善タル此ニ在シヤ。道ノ道タル。人ノ人タル。爰ニ至テ天地位定ル。梵王帝釈ハ此世界有ン限ソノ位ニ処シテ動セヌト云コトシヤ。日月星辰ハ此世界有ン限。規度定テ乱レヌシヤ。向上ノ趣ハ且ク略ス。此人界ノ中。近クハ身ヲ百年ニ修シテ。家ヲ千歳ニ守リ。国ヲ万万世世伝フル道シヤ。
書き下し
仏物ヲ法ニ用フルモ盗シヤ。僧ニ用ルモ盗シヤ。法物ヲ仏ニ用ルモ僧ニ用フルモ盗シヤ。僧物ヲ仏若ハ法ニ用ルモ盗シヤ。此類経論律蔵ノ中ニ微細ニ演説アルシヤ。此仏物ヲ法ニモ用ヒス僧ニモ用ヒス。法物ヲ僧ニモ用ヒス仏ニモ用ヒヌ様ナルコト。愚者庸人ハ窮屈ニ思フヘケレトモ。サウテナイ。是等カ法性等流ノ法シヤ。仏法ノ仏法タル。十善ノ十善タル此ニ在シヤ。道ノ道タル。人ノ人タル。爰ニ至テ天地位定ル。梵王帝釈ハ此世界有ン限ソノ位ニ処シテ動セヌト云コトシヤ。日月星辰ハ此世界有ン限。規度定テ乱レヌシヤ。向上ノ趣ハ且ク略ス。此人界ノ中。近クハ身ヲ百年ニ修シテ。家ヲ千歳ニ守リ。国ヲ万万世世伝フル道シヤ。
現代語訳
仏の物を法に用いるのも盗みである。僧に用いるのも盗みである。法の物を仏に用いるのも、僧に用いるのも盗みである。僧の物を仏あるいは法に用いるのも盗みである。この類は経論や律蔵の中に微細に演説してあるのである。この仏の物を法にも用いず僧にも用いず、法の物を僧にも用いず仏にも用いないようなことは、愚者や凡人は窮屈に思うだろうけれども、そうではない。これらが法性から等しく流れ出た法なのである。仏法が仏法である所以、十善が十善である所以はここにあるのである。道が道である所以、人が人である所以も、ここに至って天地の位が定まる。梵天王や帝釈天は、この世界がある限りその位にいて動かないということである。日月星辰は、この世界がある限り規度が定まって乱れないのである。高遠な趣はしばらく略す。この人の世界の中では、近くは身を百年に修めて、家を千年に守り、国を万々世々に伝える道なのである。
解説
この章句が説くこと
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