十善法語 / 巻第二・不偸盜戒
又古書ニ。君子奇士ノ類カ廊廟ノ上ニ居ラネハ。醫卜ノ中ニ隱ルト云類。此モ其道ヲ失ネハ。相應ニ俸祿褒賞ヲ得ル。自餘ノ遊民藝術者カ學才文辭詩歌伎樂等ニテ世ニ用ヒラレテ利ヲ得ル類。又小人ノ驛店ニ走リ。河海ニ航シ。力ヲ用ヒ。身ヲ勞シテ利ヲ得ルナトモ。面白キ世ノ有樣シヤ。詩經ニ。彼有不穫稈。此有不斂積。彼有遺乘。此有滯穗。伊寡婦之利ト。此ナト世治リ民モ饒ニ。寡婦ノ類マテ其ノ所ヲ得ル。面白キシヤ。
新字:又古書ニ。君子奇士ノ類カ廊廟ノ上ニ居ラネハ。医卜ノ中ニ隠ルト云類。此モ其道ヲ失ネハ。相応ニ俸禄褒賞ヲ得ル。自余ノ遊民芸術者カ学才文辞詩歌伎楽等ニテ世ニ用ヒラレテ利ヲ得ル類。又小人ノ駅店ニ走リ。河海ニ航シ。力ヲ用ヒ。身ヲ労シテ利ヲ得ルナトモ。面白キ世ノ有様シヤ。詩経ニ。彼有不穫稈。此有不斂積。彼有遺乗。此有滞穂。伊寡婦之利ト。此ナト世治リ民モ饒ニ。寡婦ノ類マテ其ノ所ヲ得ル。面白キシヤ。
書き下し
又古書ニ。君子奇士ノ類カ廊廟ノ上ニ居ラネハ。医卜ノ中ニ隠ルト云類。此モ其道ヲ失ネハ。相応ニ俸禄褒賞ヲ得ル。自余ノ遊民芸術者カ学才文辞詩歌伎楽等ニテ世ニ用ヒラレテ利ヲ得ル類。又小人ノ駅店ニ走リ。河海ニ航シ。力ヲ用ヒ。身ヲ労シテ利ヲ得ルナトモ。面白キ世ノ有様シヤ。詩経ニ。彼有不穫稈。此有不斂積。彼有遺乗。此有滞穂。伊寡婦之利ト。此ナト世治リ民モ饒ニ。寡婦ノ類マテ其ノ所ヲ得ル。面白キシヤ。
現代語訳
また古書に、「君子や奇才の士の類が朝廷の上にいなければ、医者や占い師の中に隠れる」と言う類、これもその道を失わなければ、相応に俸禄や褒賞を得る。そのほかの遊民や芸術の者が、学才・文辞・詩歌・伎楽などで世に用いられて利を得る類、また小人が宿場を走り、河や海を航し、力を用い、身を労して利を得ることなども、面白い世のありさまである。詩経に、「あそこに刈り残した稲があり、ここに取り入れ残した束がある。あそこに落ちた穂束があり、ここに残った穂がある。これは寡婦の利である」と。これなどは、世が治まり民も豊かで、寡婦の類まで、その所を得る。面白いことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・先己④詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
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