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十善法語 / 巻第二・不偸盜戒

ソノトキ飢饉ニテ。外ニ供養ノ人ナシ。唯邊國ノ馬ヲ賣ル者來テ。馬麥ヲ佛ト大衆トニ供養ス。佛モ此馬麥ヲ食ス。大衆モ此馬麥ハカリヲ食セシニ由テ。日日ニ瘦衰フ。其時目連尊者世尊ニ白ス。我北拘盧洲ニ往テ。自然ノ稅米ヲ取來ルカ。若ハ切利天上ニ往テ。天ノ甘露ヲ取來テ。佛及大衆ニ供養シ奉ヘシト。世尊ノタマフ。今ハ汝カ如キ神通力アル者少カラネハ。北拘盧洲ノ稅米モ天上ノ甘露モトリ來ルヘシ。末世ニ至テ神通力ナキ者ヲイカカスヘキソ。目連此教勅ヲ受ケ。言ナクシテ退ク。次ニ阿難尊者佛處ニ往テ白ス。此夏世尊モ艱難ニ處ス。大衆モ艱難ニ堪ス。使者ヲ迦維羅衞城ニ馳テ。親族ノ者ニ供養ヲ營マセ。彼等ニ福緣ヲ與ヘ。大衆モ安樂ニ道業ヲ修セシメント。佛告タマフ。我等ハ親族アリ。供養ヲ營マシムルコト易シ。末世親族ナキ比丘ヲイカカスヘキト。次ニ復阿難尊者請ス。摩竭陀國ノ頻婆遮羅王。或ハ舍衞城ノ波斯匿王。若ハ須達長者等ニ使ヲ馳テ。供養ヲ受クヘシト。佛云。今ハ信心歸依ノ人アレハ其供養饒ナリ。末世歸依徒ノナキ比丘ハイカカスヘキソ。阿難此教勅ヲ受。言ナクシテ退ク。

新字:ソノトキ飢饉ニテ。外ニ供養ノ人ナシ。唯辺国ノ馬ヲ売ル者来テ。馬麦ヲ仏ト大衆トニ供養ス。仏モ此馬麦ヲ食ス。大衆モ此馬麦ハカリヲ食セシニ由テ。日日ニ痩衰フ。其時目連尊者世尊ニ白ス。我北拘盧洲ニ往テ。自然ノ税米ヲ取来ルカ。若ハ切利天上ニ往テ。天ノ甘露ヲ取来テ。仏及大衆ニ供養シ奉ヘシト。世尊ノタマフ。今ハ汝カ如キ神通力アル者少カラネハ。北拘盧洲ノ税米モ天上ノ甘露モトリ来ルヘシ。末世ニ至テ神通力ナキ者ヲイカカスヘキソ。目連此教勅ヲ受ケ。言ナクシテ退ク。次ニ阿難尊者仏処ニ往テ白ス。此夏世尊モ艱難ニ処ス。大衆モ艱難ニ堪ス。使者ヲ迦維羅衛城ニ馳テ。親族ノ者ニ供養ヲ営マセ。彼等ニ福縁ヲ与ヘ。大衆モ安楽ニ道業ヲ修セシメント。仏告タマフ。我等ハ親族アリ。供養ヲ営マシムルコト易シ。末世親族ナキ比丘ヲイカカスヘキト。次ニ復阿難尊者請ス。摩竭陀国ノ頻婆遮羅王。或ハ舎衛城ノ波斯匿王。若ハ須達長者等ニ使ヲ馳テ。供養ヲ受クヘシト。仏云。今ハ信心帰依ノ人アレハ其供養饒ナリ。末世帰依徒ノナキ比丘ハイカカスヘキソ。阿難此教勅ヲ受。言ナクシテ退ク。

書き下し

ソノトキ飢饉ニテ。外ニ供養ノ人ナシ。唯辺国ノ馬ヲ売ル者来テ。馬麦ヲ仏ト大衆トニ供養ス。仏モ此馬麦ヲ食ス。大衆モ此馬麦ハカリヲ食セシニ由テ。日日ニ痩衰フ。其時目連尊者世尊ニ白ス。我北拘盧洲ニ往テ。自然ノ税米ヲ取来ルカ。若ハ切利天上ニ往テ。天ノ甘露ヲ取来テ。仏及大衆ニ供養シ奉ヘシト。世尊ノタマフ。今ハ汝カ如キ神通力アル者少カラネハ。北拘盧洲ノ税米モ天上ノ甘露モトリ来ルヘシ。末世ニ至テ神通力ナキ者ヲイカカスヘキソ。目連此教勅ヲ受ケ。言ナクシテ退ク。次ニ阿難尊者仏処ニ往テ白ス。此夏世尊モ艱難ニ処ス。大衆モ艱難ニ堪ス。使者ヲ迦維羅衛城ニ馳テ。親族ノ者ニ供養ヲ営マセ。彼等ニ福縁ヲ与ヘ。大衆モ安楽ニ道業ヲ修セシメント。仏告タマフ。我等ハ親族アリ。供養ヲ営マシムルコト易シ。末世親族ナキ比丘ヲイカカスヘキト。次ニ復阿難尊者請ス。摩竭陀国ノ頻婆遮羅王。或ハ舎衛城ノ波斯匿王。若ハ須達長者等ニ使ヲ馳テ。供養ヲ受クヘシト。仏云。今ハ信心帰依ノ人アレハ其供養饒ナリ。末世帰依徒ノナキ比丘ハイカカスヘキソ。阿難此教勅ヲ受。言ナクシテ退ク。

現代語訳

その時は飢饉で、ほかに供養する人がいなかった。ただ辺境の国の馬を売る者が来て、馬の麦を仏と大衆に供養した。仏もこの馬麦を食された。大衆もこの馬麦ばかりを食したので、日に日に痩せ衰えた。その時、目連尊者が世尊に申し上げた。「私が北倶盧洲に行って自然に生える稲米を取って来るか、あるいは忉利天に行って天の甘露を取って来て、仏と大衆に供養し奉りましょう」と。世尊は言われた。「今はお前のような神通力のある者が少なくないので、北倶盧洲の稲米も天上の甘露も取って来られるであろう。末世に至って神通力のない者をどうすべきか」と。目連はこの教えを受け、言葉なく退いた。次に阿難尊者が仏の所に行って申し上げた。「この夏、世尊も艱難にあり、大衆も艱難に堪えません。使者を迦毘羅衛城に走らせて、親族の者に供養を営ませ、彼らに福縁を与え、大衆も安楽に道業を修めさせましょう」と。仏は告げられた。「われらには親族がいる。供養を営ませることはたやすい。末世に親族のない比丘をどうすべきか」と。次にまた阿難尊者が請うた。「摩竭陀国の頻婆娑羅王、あるいは舎衛城の波斯匿王、あるいは須達長者などに使いを走らせて、供養を受けましょう」と。仏は言われた。「今は信心帰依の人があるので、その供養は豊かである。末世に帰依する者のない比丘はどうすべきか」と。阿難はこの教えを受け、言葉なく退いた。

解説

飢饉の中、釈尊と弟子たちは馬の飼料の麦で飢えをしのぎ、痩せ衰えた。目連は神通力で天の食を取ってこようと言い、阿難は釈迦族の親族や国王、大長者に頼もうと言う。釈尊はそのたびに、神通も親族も有力な信者もない末世の比丘はどうするのか、と問い返して退ける。自分たちだけが使える特別な手段で困難を切り抜ければ、後に続く者の手本にならない。指導者は、自分の持つ特権を使わずに、誰もが真似できるやり方で苦境を耐えてみせる責任がある。

この章句が説くこと

馬麦目連阿難末世手本指導者

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