十善法語 / 巻第二・不偸盜戒
此不邪婬戒ハ。男女ノ間ノ事ニテ。甚知ヤスク行ヒ易キナレトモ。天地ト倶ニ位シ。萬國華夷ニ布列シテ。古ニ透リ今ニ通シテ儼然トシテ條理亂レヌシヤ。國ノ亂モ此ヲ本トシテ興ル。家ノ禮モ此ヲ本トシテ興ル。身ノ禮モ此ヲ本トシテ興ル。上下貴賤。男女大小。智愚賢不肖。コトコトク此ヲ基本トシテ。禮式法度立ス。謹愼ニ守ル者ハ天神地祇ノ冥助ヲ得ル。誠ニ萬國古今ニ推通シ。上下貴賤ニ推通シテ道トスヘキ道ハ。此戒ニ在コトシヤ。此モ禮ヲ一向ニ廢セヨ。役ニ立ヌコトト云テハナイ。不邪婬戒タニ全クハ。揖讓ノ禮ヲ用フルナト云テハナイ。內心此戒ヲ堅固ニ持テ。其國ノ風其家ノ風ハ。濫リニ改ムマシキコトソ。男子ニモセヨ。女人ニモセヨ。我ニ屬セヌ者ニハ心ヲヨスルナ。猥ニナレ睦シクスルナ。人知ラヌ夫婦ノ間ニモ。晝夜ソノ節度有テ。亂レタコトハ作マシキト云ヘハ。王公大人ヨリ下ハ庸夫愚婦ニ至ルマテ。身ニ行セラルル。心ニ得サセラルル。此ニ由テ貞潔ノ德ヲ教ヘ導カハ。人人箇箇聖賢ノ地位ニ到ルマシキモノナラヌシヤ。
新字:此不邪婬戒ハ。男女ノ間ノ事ニテ。甚知ヤスク行ヒ易キナレトモ。天地ト倶ニ位シ。万国華夷ニ布列シテ。古ニ透リ今ニ通シテ儼然トシテ条理乱レヌシヤ。国ノ乱モ此ヲ本トシテ興ル。家ノ礼モ此ヲ本トシテ興ル。身ノ礼モ此ヲ本トシテ興ル。上下貴賤。男女大小。智愚賢不肖。コトコトク此ヲ基本トシテ。礼式法度立ス。謹慎ニ守ル者ハ天神地祇ノ冥助ヲ得ル。誠ニ万国古今ニ推通シ。上下貴賤ニ推通シテ道トスヘキ道ハ。此戒ニ在コトシヤ。此モ礼ヲ一向ニ廃セヨ。役ニ立ヌコトト云テハナイ。不邪婬戒タニ全クハ。揖譲ノ礼ヲ用フルナト云テハナイ。内心此戒ヲ堅固ニ持テ。其国ノ風其家ノ風ハ。濫リニ改ムマシキコトソ。男子ニモセヨ。女人ニモセヨ。我ニ属セヌ者ニハ心ヲヨスルナ。猥ニナレ睦シクスルナ。人知ラヌ夫婦ノ間ニモ。昼夜ソノ節度有テ。乱レタコトハ作マシキト云ヘハ。王公大人ヨリ下ハ庸夫愚婦ニ至ルマテ。身ニ行セラルル。心ニ得サセラルル。此ニ由テ貞潔ノ徳ヲ教ヘ導カハ。人人箇箇聖賢ノ地位ニ到ルマシキモノナラヌシヤ。
書き下し
此不邪婬戒ハ。男女ノ間ノ事ニテ。甚知ヤスク行ヒ易キナレトモ。天地ト倶ニ位シ。万国華夷ニ布列シテ。古ニ透リ今ニ通シテ儼然トシテ条理乱レヌシヤ。国ノ乱モ此ヲ本トシテ興ル。家ノ礼モ此ヲ本トシテ興ル。身ノ礼モ此ヲ本トシテ興ル。上下貴賤。男女大小。智愚賢不肖。コトコトク此ヲ基本トシテ。礼式法度立ス。謹慎ニ守ル者ハ天神地祇ノ冥助ヲ得ル。誠ニ万国古今ニ推通シ。上下貴賤ニ推通シテ道トスヘキ道ハ。此戒ニ在コトシヤ。此モ礼ヲ一向ニ廃セヨ。役ニ立ヌコトト云テハナイ。不邪婬戒タニ全クハ。揖譲ノ礼ヲ用フルナト云テハナイ。内心此戒ヲ堅固ニ持テ。其国ノ風其家ノ風ハ。濫リニ改ムマシキコトソ。男子ニモセヨ。女人ニモセヨ。我ニ属セヌ者ニハ心ヲヨスルナ。猥ニナレ睦シクスルナ。人知ラヌ夫婦ノ間ニモ。昼夜ソノ節度有テ。乱レタコトハ作マシキト云ヘハ。王公大人ヨリ下ハ庸夫愚婦ニ至ルマテ。身ニ行セラルル。心ニ得サセラルル。此ニ由テ貞潔ノ徳ヲ教ヘ導カハ。人人箇箇聖賢ノ地位ニ到ルマシキモノナラヌシヤ。
現代語訳
この不邪婬戒は、男女の間の事であって、甚だ知りやすく行いやすいけれども、天地とともに位を占め、万国華夷に行き渡って、古に透り今に通じて、厳然として条理が乱れないのである。国の乱れもこれを本として起こる。家の礼もこれを本として起こる。身の礼もこれを本として起こる。上下貴賤、男女大小、智愚賢不肖、ことごとくこれを基本として、礼式や法度が立つ。謹んで守る者は天の神地の神の目に見えない助けを得る。まことに万国古今に通じ、上下貴賤に通じて道とすべき道は、この戒にあることである。これも礼をまったく廃せよ、役に立たないことだと言うのではない。不邪婬戒さえ全うすれば、揖譲の礼を用いるなと言うのではない。内心にはこの戒を堅固に持って、その国の風、その家の風は、みだりに改めてはならないことだぞ。男子であれ、女人であれ、「自分に属さない者には心を寄せるな。みだりに馴れ馴れしく親しくするな。人の知らない夫婦の間にも、昼夜その節度があって、乱れたことはするな」と言えば、王公大人から下は凡夫や愚かな者に至るまで、身に行わせることができ、心に得させることができる。これによって貞潔の徳を教え導けば、人々一人一人が聖賢の地位に到らないものではないのである。
解説

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