十善法語 / 巻第二・不偸盜戒
又禮ハ國俗ニ隨フテ執行フ。支那國ハ支那國ノ禮有テ。是ヲ我國ニハ用不用カアル。印度ハ印度ノ禮式有テ。此ヲ餘國ニハ通不通カアル。中國ハ中國ノ禮有ル。外夷ニ在テ通不通カアル。外夷ハ各各其禮有ル。中國ニ在テハ通不通カアル。萬國ニ推通シテ道トスヘキ道トハ云レヌ。此不邪婬戒ハ。支那國テモ此ヲ亂セハ身ヲ殘ヒ家ヲ破ル。我國テモ此ヲ持タヌ者ハ身ヲアヤマリ國ヲ破ル。假令夷狄ノ國ニ往テモ。此ヲ持タヌ者ハ身ヲ殘ヒ國ヲ亡ス。萬國華夷ニ推通シテ道トスヘキ道ハ。此不邪婬戒ニ在ルシヤ。又禮ハ上下ノ別有テ踰ラレヌ。天子ハ天子ノ禮アリ。諸侯ハ諸侯ノ禮アリ。士大夫ハ士大夫ノ禮アリ。下馬カタ船頭ニ至マテ。其習セ規式有テ。互ニ相通セス。上下推通シテ道トスヘキ道トハ云レヌ。此不邪婬戒ハ。上王公ヨリ下奴婢樵漁ニ至ルマテ。全ケレハ終身安ク。亂ルレハ害カ生スル。上下ニ推通シテ道トスヘキ道ハ此ニ在ルシヤ。
新字:又礼ハ国俗ニ随フテ執行フ。支那国ハ支那国ノ礼有テ。是ヲ我国ニハ用不用カアル。印度ハ印度ノ礼式有テ。此ヲ余国ニハ通不通カアル。中国ハ中国ノ礼有ル。外夷ニ在テ通不通カアル。外夷ハ各各其礼有ル。中国ニ在テハ通不通カアル。万国ニ推通シテ道トスヘキ道トハ云レヌ。此不邪婬戒ハ。支那国テモ此ヲ乱セハ身ヲ残ヒ家ヲ破ル。我国テモ此ヲ持タヌ者ハ身ヲアヤマリ国ヲ破ル。仮令夷狄ノ国ニ往テモ。此ヲ持タヌ者ハ身ヲ残ヒ国ヲ亡ス。万国華夷ニ推通シテ道トスヘキ道ハ。此不邪婬戒ニ在ルシヤ。又礼ハ上下ノ別有テ踰ラレヌ。天子ハ天子ノ礼アリ。諸侯ハ諸侯ノ礼アリ。士大夫ハ士大夫ノ礼アリ。下馬カタ船頭ニ至マテ。其習セ規式有テ。互ニ相通セス。上下推通シテ道トスヘキ道トハ云レヌ。此不邪婬戒ハ。上王公ヨリ下奴婢樵漁ニ至ルマテ。全ケレハ終身安ク。乱ルレハ害カ生スル。上下ニ推通シテ道トスヘキ道ハ此ニ在ルシヤ。
書き下し
又礼ハ国俗ニ随フテ執行フ。支那国ハ支那国ノ礼有テ。是ヲ我国ニハ用不用カアル。印度ハ印度ノ礼式有テ。此ヲ余国ニハ通不通カアル。中国ハ中国ノ礼有ル。外夷ニ在テ通不通カアル。外夷ハ各各其礼有ル。中国ニ在テハ通不通カアル。万国ニ推通シテ道トスヘキ道トハ云レヌ。此不邪婬戒ハ。支那国テモ此ヲ乱セハ身ヲ残ヒ家ヲ破ル。我国テモ此ヲ持タヌ者ハ身ヲアヤマリ国ヲ破ル。仮令夷狄ノ国ニ往テモ。此ヲ持タヌ者ハ身ヲ残ヒ国ヲ亡ス。万国華夷ニ推通シテ道トスヘキ道ハ。此不邪婬戒ニ在ルシヤ。又礼ハ上下ノ別有テ踰ラレヌ。天子ハ天子ノ礼アリ。諸侯ハ諸侯ノ礼アリ。士大夫ハ士大夫ノ礼アリ。下馬カタ船頭ニ至マテ。其習セ規式有テ。互ニ相通セス。上下推通シテ道トスヘキ道トハ云レヌ。此不邪婬戒ハ。上王公ヨリ下奴婢樵漁ニ至ルマテ。全ケレハ終身安ク。乱ルレハ害カ生スル。上下ニ推通シテ道トスヘキ道ハ此ニ在ルシヤ。
現代語訳
また礼は国の風俗に従って執り行う。中国には中国の礼があって、これをわが国には用いたり用いなかったりする。インドにはインドの礼式があって、これをほかの国には通じたり通じなかったりする。中国には中国の礼がある。外の国にあっては通じたり通じなかったりする。外の国にはそれぞれその礼がある。中国にあっては通じたり通じなかったりする。万国に通じて道とすべき道とは言われない。この不邪婬戒は、中国でもこれを乱せば身を損ない家を破る。わが国でもこれを持たない者は身を誤り国を破る。たとえ夷狄の国に行っても、これを持たない者は身を損ない国を亡ぼす。万国華夷に通じて道とすべき道は、この不邪婬戒にあるのである。また礼は上下の別があって越えられない。天子には天子の礼があり、諸侯には諸侯の礼があり、士大夫には士大夫の礼がある。下は馬方や船頭に至るまで、その習わしや規式があって、互いに通じない。上下に通じて道とすべき道とは言われない。この不邪婬戒は、上は王公から下は召使いや木こり漁師に至るまで、全うすれば終身安らかで、乱せば害が生じる。上下に通じて道とすべき道はここにあるのである。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第二・不偸盜戒不邪婬戒ヲ古ヨリ礼ニ配スル。此モ的当テハナイ。古ニ礼ハ庶人ニ下ラス。刑ハ大夫ニ上サスト云。上下推通スル道テハナキシヤ。此不邪婬戒ハ。国君モ乱サレヌ。公卿大夫モ乱サレヌ。士庶人モ乱サレヌ。君子小人ノ隔ハナイ。上下推通スルノ道ハ此ニ在ルシヤ。又礼ハ学者ナラネハ尽サレヌコトシヤ。孔子モ周ニ適テ礼ヲ老聃ニ問トアル。小人野人マテ悉ク学ヒ知ラシムベカラスシヤ。智愚推通スルノ道デハナキシヤ。此不邪婬戒ハ。万巻ノ書ヲ諳ンスル者モ持ネハ身ニ灾アル。甚ニ至テハ其家ヲ亡ス。一文不通ノ者モ持ネハ身ニ灾アル。甚ニ至テハ家ヲ亡ス。学者モ愚者モ一等ニ謹ミ守ラネハナラヌシヤ。誠ニ智愚推通スルノ道ハ此ニ在ルシヤ。
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論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
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論語・学而篇有子曰く、「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯を美と為す。小大之に由れども、行われざる所有り。和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦行う可からざるなり。」
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論語・八佾篇孔子季氏を謂う、「八佾庭に舞わす。是れをも忍ぶ可くんば、孰れをか忍ぶ可からざらん。」
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論語・八佾篇子曰く、君に事えて礼を尽くせば、人以て諂いと為すなり。
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論語・八佾篇子、太廟に入り、事毎に問う。或曰く、『誰か鄒人の子を礼を知ると謂うや、太廟に入りて事毎に問う。』子これを聞きて曰く、『是れ礼なり。』