十善法語 / 巻第二・不偸盜戒
又或者ノ云。佛法ノ中ニ。慈悲ヲオモトスルハ。儒道ノ仁ヲ主トスルニ似レトモ。佛法ハ平等ト云コトヲ本意トスルニ由テ。蟲蟪モ父母モ平等ニ慈悲ヲ行スレハ。父母ト蟲蟪ト一樣ニスル理ニ落ル。蟲蟪ヲ惠ム道ヲ以テ父母ニ事フルナラハ不孝ノ至リト。是等モ佛教ヲ知ラヌ者カ。無理ニ理窟ヲ拵テ云言葉シヤ。佛教ノ中ニハ。上下尊卑ノ境ニ其差別有。ナシト云ヘカラスシヤ。平等ト云コトヲ。山ヲ崩シ谷ヲ塡ミテ一樣ニスルコトノ樣ニ思フハ。愚癡ノ至リシヤ。窮屈過タコトシヤ。孟子ニモ固哉高叟爲詩也トアル。經中ニ畜生ヲ惠ム道。人民ヲ撫育スル道。父母君長ニ事ル道。差別歷然タルコトシヤ。
新字:又或者ノ云。仏法ノ中ニ。慈悲ヲオモトスルハ。儒道ノ仁ヲ主トスルニ似レトモ。仏法ハ平等ト云コトヲ本意トスルニ由テ。虫蟪モ父母モ平等ニ慈悲ヲ行スレハ。父母ト虫蟪ト一様ニスル理ニ落ル。虫蟪ヲ恵ム道ヲ以テ父母ニ事フルナラハ不孝ノ至リト。是等モ仏教ヲ知ラヌ者カ。無理ニ理窟ヲ拵テ云言葉シヤ。仏教ノ中ニハ。上下尊卑ノ境ニ其差別有。ナシト云ヘカラスシヤ。平等ト云コトヲ。山ヲ崩シ谷ヲ塡ミテ一様ニスルコトノ様ニ思フハ。愚痴ノ至リシヤ。窮屈過タコトシヤ。孟子ニモ固哉高叟為詩也トアル。経中ニ畜生ヲ恵ム道。人民ヲ撫育スル道。父母君長ニ事ル道。差別歴然タルコトシヤ。
書き下し
又或者ノ云。仏法ノ中ニ。慈悲ヲオモトスルハ。儒道ノ仁ヲ主トスルニ似レトモ。仏法ハ平等ト云コトヲ本意トスルニ由テ。虫蟪モ父母モ平等ニ慈悲ヲ行スレハ。父母ト虫蟪ト一様ニスル理ニ落ル。虫蟪ヲ恵ム道ヲ以テ父母ニ事フルナラハ不孝ノ至リト。是等モ仏教ヲ知ラヌ者カ。無理ニ理窟ヲ拵テ云言葉シヤ。仏教ノ中ニハ。上下尊卑ノ境ニ其差別有。ナシト云ヘカラスシヤ。平等ト云コトヲ。山ヲ崩シ谷ヲ塡ミテ一様ニスルコトノ様ニ思フハ。愚痴ノ至リシヤ。窮屈過タコトシヤ。孟子ニモ固哉高叟為詩也トアル。経中ニ畜生ヲ恵ム道。人民ヲ撫育スル道。父母君長ニ事ル道。差別歴然タルコトシヤ。
現代語訳
またある者が言う。「仏法の中で慈悲を主とするのは、儒道が仁を主とするのに似ているけれども、仏法は平等ということを本意とするので、虫けらにも父母にも平等に慈悲を行えば、父母と虫けらを同じように扱う理に落ちる。虫けらを恵む道で父母に仕えるならば、不孝の極みである」と。これらも仏教を知らない者が、無理に理屈を拵えて言う言葉である。仏教の中には、上下尊卑の対象にその差別がある。ないとは言えないのである。平等ということを、山を崩し谷を埋めて一様にすることのように思うのは、愚かさの極みである。窮屈すぎることである。孟子にも「固いことよ、高叟の詩の解釈は」とある。経の中に、畜生を恵む道、人民を慈しみ育てる道、父母や君長に仕える道は、差別がはっきりしていることである。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『弁名』孝悌孝弟忠信は、孔門蓋し之を中庸と謂ふ。其の甚だしくは高からず、人皆行ふべきの事為るを以てなり。故に先王の道を学ぶは、必ず孝弟より始む。諸を辟ふれば、高きに登るは必ず卑きよりし、遠きに行くは必ず邇きよりするがごとし。孟子曰く、「堯舜の道は孝弟のみ」と。是れ之の謂なり。其の以て仁賢の徳に馴致すべきを謂ふなり。然りと雖も、後儒論説を喜ぶこと甚しく、遂に仁孝を以て之を一にす。非なり。孝は自ら孝、仁は自ら仁。君子は一を挙げて以て百を廃するを悪む。仮使一孝にして足らば、則ち江革・王祥既に聖人為らん。故に孔子曰く、「行ひて余力有れば、則ち以て文を学べ」と。孝弟有りと雖も、学ばずんば未だ郷人たるを免れざるを言ふなり。是れ又学者の当に知るべき所なり。然りと雖も、周官の師氏、既に至徳・敏徳を立てて、以て一切を尽くすに足れども、更に孝徳を立てて以て之を教ふ。見るべし、它の不善有りと雖も、苟も孝徳有らば、則ち先王の取る所なるを。先王の孝を重んずること是の若きかな。
-
『大和俗訓』巻之一・為学上一およそ天は人の始なり、父母は人の本なり。人は天地を以て大父母とし、父母を以て小天地とす。天地父母其恩ひとし。故に天地につかへて仁を行ふ事、父母につかへて孝を行ふが如くすべし。ここを以て礼経にも、仁人の天につかふるは、親につかふるが如くし、疎なるべからず。親につかふる事、天につかふるが如くすべし。畏慎むべしといへり。おろそかなるは愛なきなり。おそれざるは敬なきなり。天地につかへ奉る父母につかうまつるも、同じく愛敬をいたして、疎ならず、あなどるべからず。天地によくつかふるは仁人なり。仁心をたもつ人なり。父母によくつかふるは孝子なり。孝養をよくつとむる子なり。天地につかへ父母につかふるの道同じ。しかれば、天地につかへ奉るは人間の大事にて、しばしも忘るべからず。
-
『慎思録』巻之一子弟家に居ては、則ち父母に順ひ、兄弟に宜しく、親戚に敦くす。外に在りては、則ち汎く衆を愛して、仁に親しむ。凡そ人倫に接するに、心を平らかにし気を和らげ、慈愛恭敬、忿を懲らし慾を窒ぎ、自ら反みて己を責め、忍ぶこと有り容るること有り、而して居常善を為すを以て楽しみと為す。此れ学者初学より終身に至るまで、日用当務の工夫、一生の事業為り。先づ須らく此に於て基本を立つべし。
-
『囲炉夜話』第百三十二則・孝は百行の先に居り淫は萬惡の首なり常に仁孝の心を存すれば、則ち天下の凡そ爲すべからざる者、皆爲すに忍びず、所以に孝は百行の先に居る。 一たび邪淫の念を起こせば、則ち生平極めて爲すを欲せざる者も、皆爲すに難からず、所以に淫は是れ萬惡の首なり。
-
『翁問答』下卷之本つねづねもの柔かにして、いかつにたけくうで立のたしなみなくても、孝忠の心だに真実なれば、必武篇つよき証拠は、むかし楊豊といへる人のむすめ、楊香とし十四の時、父にしたがひて山田を刈いける所へ虎ひとつ来りて、楊豊をくひ殺さんとせしを、楊香はしりかゝりて彼の虎の頸にいだきつきて、父の命を助けたり、此楊香は年十四になる女なれば、いかつたけく腕のたしなみなく、柔軟なる事勿論なり、しかれども虎を手打にしたるは、樊噲にもおとらぬ武篇なれば、いかつ腕立のたしなみはせんなくして、孝忠仁義のたしなみ簡要なる事をわきまへ知べし、されば楊香かくの如くの武勇は、只父を深く愛する一念の仁よりはたらく所なれば、孝行忠節の心だに真実なればだれ人も必武篇つよき理りあきらめ易し、是にて仁義の勇の端的をよく体認あるべし。
-
『五常訓』巻之二・仁之上一天によく事ふる道を仁とし、よく事ふる人を仁人と云ふ。親によく事ふる道を孝とし、よく事ふる人を孝子と云ふ。仁人の天によく事ふるは仁なり。孝子の親によく事ふるは孝なり。礼記に、仁人の親に事ふるは、天に事ふるが如く、天に事ふるは、親に事ふるが如し。是故に、孝子は身を成すといへり。親に事ふるには、愛をおもくし、天に事ふるには、敬をおもくす。愛敬を尽して、天に事へ、親に事ふるは、其身の徳行の成就する道なれば、これを身を成すと云ふ。天は地を統ぶ。地は天の内にあり。故に天道をいへば、地道は其内にあり。天に事ふれば、地に事ふるも、其内にあり。