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十善法語 / 巻第二・不偸盜戒

又僧傳ニ。或將軍漉水囊ヲ帶持シテ陣ニ臨ム。部下ノ者諫テ云。軍中ニハ勇ヲ尙ヒ武ヲ勵スヘシ。漉嚢ハ物命ヲ救フ器ナレハ。事相違セリト。將軍答フ。今有罪反逆ノ者ヲ討ス。罪無キ者ハ此ヲ塗炭ニ救フト。此仁愛ニ感シテ敵國カ馬前ニ降參セシトアル。又佛在世罽賓國ニ毒龍有テ人民ヲ傷害ス。老宿ノ羅漢ソノ神力ヲ運ヘトモ。此龍ヲ伏シ得ス。其時少年ノ羅漢アリ。一タヒ彈指シテ云。檀越此處ヲ去ルヘシト。此毒龍直ニ他處ニ遷去テ。此處ノ害止ム。諸大阿羅漢問。汝ハ何ノ德アル故如是ナルヤ。答フ。我年少別德ナキハ上座ノ知ルトコロナリ。但遮罪ヲ護スルコト性罪ノ如クト。カウシヤ。謹愼篤實ト云コトハ强キモノシヤ。

新字:又僧伝ニ。或将軍漉水囊ヲ帯持シテ陣ニ臨ム。部下ノ者諫テ云。軍中ニハ勇ヲ尚ヒ武ヲ励スヘシ。漉嚢ハ物命ヲ救フ器ナレハ。事相違セリト。将軍答フ。今有罪反逆ノ者ヲ討ス。罪無キ者ハ此ヲ塗炭ニ救フト。此仁愛ニ感シテ敵国カ馬前ニ降参セシトアル。又仏在世罽賓国ニ毒竜有テ人民ヲ傷害ス。老宿ノ羅漢ソノ神力ヲ運ヘトモ。此竜ヲ伏シ得ス。其時少年ノ羅漢アリ。一タヒ弾指シテ云。檀越此処ヲ去ルヘシト。此毒竜直ニ他処ニ遷去テ。此処ノ害止ム。諸大阿羅漢問。汝ハ何ノ徳アル故如是ナルヤ。答フ。我年少別徳ナキハ上座ノ知ルトコロナリ。但遮罪ヲ護スルコト性罪ノ如クト。カウシヤ。謹慎篤実ト云コトハ強キモノシヤ。

書き下し

又僧伝ニ。或将軍漉水囊ヲ帯持シテ陣ニ臨ム。部下ノ者諫テ云。軍中ニハ勇ヲ尚ヒ武ヲ励スヘシ。漉嚢ハ物命ヲ救フ器ナレハ。事相違セリト。将軍答フ。今有罪反逆ノ者ヲ討ス。罪無キ者ハ此ヲ塗炭ニ救フト。此仁愛ニ感シテ敵国カ馬前ニ降参セシトアル。又仏在世罽賓国ニ毒竜有テ人民ヲ傷害ス。老宿ノ羅漢ソノ神力ヲ運ヘトモ。此竜ヲ伏シ得ス。其時少年ノ羅漢アリ。一タヒ弾指シテ云。檀越此処ヲ去ルヘシト。此毒竜直ニ他処ニ遷去テ。此処ノ害止ム。諸大阿羅漢問。汝ハ何ノ徳アル故如是ナルヤ。答フ。我年少別徳ナキハ上座ノ知ルトコロナリ。但遮罪ヲ護スルコト性罪ノ如クト。カウシヤ。謹慎篤実ト云コトハ强キモノシヤ。

現代語訳

また僧伝に、ある将軍が漉水囊(水中の小虫を漉して命を救う袋)を身に帯びて陣に臨んだ。部下の者が諫めて言った。「軍中では勇を尊び武を励ますべきです。漉水囊は生きものの命を救う道具ですから、事がちぐはぐです」と。将軍は答えた。「今、罪ある反逆の者を討つのである。罪のない者は、これを塗炭の苦しみから救うのだ」と。この仁愛に感じて、敵国が馬前に降参したとある。また仏在世に、罽賓国に毒竜がいて人民を傷つけ害していた。年老いた羅漢がその神通力を振るったけれども、この竜を伏することができなかった。その時、年少の羅漢がいて、一度指を弾いて言った。「檀越(施主)よ、この場所を去りなさい」と。この毒竜はすぐに他の場所に移り去って、この場所の害は止んだ。大阿羅漢たちが問うた。「あなたは何の徳があってこのようなのか」と。答えた。「私が年少で特別の徳のないことは、上座方の知る所です。ただ遮罪(仏が制した罪)を守ることを、性罪(本来の悪)と同じようにしてきただけです」と。こうである。謹慎篤実ということは強いものである。

解説

仁愛や慎み深さがかえって強さになる二つの逸話である。戦場にも小虫の命を救う漉水囊を携えた将軍は、罪ある者だけを討ち罪なき者は救うと答え、その仁に感じて敵が降った。また、老練な羅漢の神通力でも動かなかった毒竜を、若い羅漢は指を弾くだけで去らせた。その理由は、小さな規則も大きな悪と同じ重さで守ってきたことだけだという。遮罪は仏が定めた規則上の罪、性罪は行為そのものが悪である罪を指す。小さな約束を軽んじない積み重ねが、いざというとき人を動かす力になる。

この章句が説くこと

謹慎篤実仁愛遮罪性罪戒律

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