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十善法語 / 巻第二・不偸盜戒

安永二年癸巳十二月十八日示衆。師云。今日ハ不偸盜戒ヲ說シヤ。華嚴經ノ中ニ。性不偸盜。菩薩於自資財常知止足。於他慈恕。不欲侵損。若物屬他起他物想。終不於此而生盜心。乃至草葉不與不取。何況其餘資生之具トアル。此カ第二地離垢地ノ菩薩ノ心シヤ。菩薩ノ法。法トシテ如是シヤ。此中性不偸盜ト云ハ。性ハ不改ノ義ニ名ツクル。イカ様ナル事有テモ改マラヌヲ性ト云。例ヲ擧テイハハ。火ハ煖性シヤ。水ハ濕性シヤ。此水ノ濕火ノ煖ハ。イカ樣ナル事有テモ改マラヌ物シヤ。此煖性ノ如ク。此濕性ノ如ク。菩薩ハ不偸盜ノ性シヤ。

新字:安永二年癸巳十二月十八日示衆。師云。今日ハ不偸盗戒ヲ説シヤ。華厳経ノ中ニ。性不偸盗。菩薩於自資財常知止足。於他慈恕。不欲侵損。若物属他起他物想。終不於此而生盗心。乃至草葉不与不取。何況其余資生之具トアル。此カ第二地離垢地ノ菩薩ノ心シヤ。菩薩ノ法。法トシテ如是シヤ。此中性不偸盗ト云ハ。性ハ不改ノ義ニ名ツクル。イカ様ナル事有テモ改マラヌヲ性ト云。例ヲ挙テイハハ。火ハ煖性シヤ。水ハ湿性シヤ。此水ノ湿火ノ煖ハ。イカ様ナル事有テモ改マラヌ物シヤ。此煖性ノ如ク。此湿性ノ如ク。菩薩ハ不偸盗ノ性シヤ。

書き下し

安永二年癸巳十二月十八日示衆。師云。今日ハ不偸盗戒ヲ説シヤ。華厳経ノ中ニ。性不偸盗。菩薩於自資財常知止足。於他慈恕。不欲侵損。若物属他起他物想。終不於此而生盗心。乃至草葉不与不取。何況其余資生之具トアル。此カ第二地離垢地ノ菩薩ノ心シヤ。菩薩ノ法。法トシテ如是シヤ。此中性不偸盗ト云ハ。性ハ不改ノ義ニ名ツクル。イカ様ナル事有テモ改マラヌヲ性ト云。例ヲ挙テイハハ。火ハ煖性シヤ。水ハ湿性シヤ。此水ノ湿火ノ煖ハ。イカ様ナル事有テモ改マラヌ物シヤ。此煖性ノ如ク。此湿性ノ如ク。菩薩ハ不偸盗ノ性シヤ。

現代語訳

安永二年(一七七三)十二月十八日、大衆に示された。師は言われた。今日は不偸盗戒を説くのである。華厳経の中に、「本性として盗まない。菩薩は自分の資財については常に止まり足ることを知り、他人に対しては慈しみ思いやって、侵し損なおうとしない。もし物が他人に属していれば他人の物だという想いを起こし、決してそれに対して盗む心を生じない。草の葉一枚に至るまで、与えられないものは取らない。ましてそのほかの生活の道具はなおさらである」とある。これが第二地、離垢地の菩薩の心である。菩薩の法は、法としてこのようなものである。この中で「性不偸盗」と言うのは、性とは改まらないという意味に名づける。どのような事があっても改まらないのを性と言う。例を挙げて言えば、火は温かいのが性である。水は湿っているのが性である。この水の湿りと火の温かさは、どのような事があっても改まらないものである。この温かい性のように、この湿った性のように、菩薩は盗まないことが性なのである。

解説

巻二、不偸盗戒の講話の冒頭である。華厳経十地品の離垢地の経文を引き、菩薩は自分の財には足るを知り、他人の物は草の葉一枚でも許しなく取らないと示す。尊者が注目するのは「性」の一字で、火が温かく水が湿っているのが変わらないように、盗まないことが菩薩の本性として定まっている状態を言う。我慢して盗まないのではなく、盗むという選択肢がそもそも浮かばない。誘惑に抗う強さより、抗う必要のない人柄を育てることの大切さを教える。

この章句が説くこと

不偸盗知足華厳経離垢地菩薩

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