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十善法語 / 巻第一・不殺生戒

初心ノ者先第一殺生業道ニ就テ憶念セヨ。死ト云ハ苦ノ至極シヤ。腹痛ヲ病ムモ。其痛ニ由テ總身ニ熱發スルシヤ。若死スル時ハ。總身ノ骨節脈胎極大苦ヲ生スル。老衰長病ノ者。衆多介抱人ノ中ニ在テ死スル者モ。此死苦ヲ免レ得ヌト云コトシヤ。マシテ色身堅固ナル者ノ殺害ニ遇フハ。其苦痛更ニ增上ナルヘキシヤ。世間ノ衆生。異類マチマチナレトモ。其死ヲ怖レ生ヲ樂コトハ一シヤ。中ニ就テ惟人ハ萬物之靈ナリ。天地コノ人ニ由テ成立シ。道理コノ人有テ成立スル。若自身殘忍ノ心ヲ逞シテ。罪ナキ者ヲ故ニ殺害シテ。極大苦惱怨恨ヲ生セシムル。此時業種子カ成就シテ。他時異日我身ニ集ル。無ト云レヌシヤ。同一法性ノ中。緣起不可思議ナルモノテ。此アレハ彼アル。此ニ作セハ彼許ニ應スル。鐘磬ヲ擊テ其音響ヲ發スル如ク。陰陽相激シテ雷聲發動スル如ク。彼末魔極苦カ命根ト倶ニ滅シテ。此業種ヲ成スル。ソノ怨恨恚憤ノ心カ痛惱ト倶ニ盡テ。累世生死ノ身心ト共ニ增長スル。刹那際裏ニ却數ヲ建立スル。妄心夢中ニ種種ノ境界ヲ見ル。此惡趣ノ業種有ヘキ理ヲ推シテ知カヨキシヤ。此惡趣アレハ種種ノ水火苦具アルシヤ。

新字:初心ノ者先第一殺生業道ニ就テ憶念セヨ。死ト云ハ苦ノ至極シヤ。腹痛ヲ病ムモ。其痛ニ由テ総身ニ熱発スルシヤ。若死スル時ハ。総身ノ骨節脈胎極大苦ヲ生スル。老衰長病ノ者。衆多介抱人ノ中ニ在テ死スル者モ。此死苦ヲ免レ得ヌト云コトシヤ。マシテ色身堅固ナル者ノ殺害ニ遇フハ。其苦痛更ニ增上ナルヘキシヤ。世間ノ衆生。異類マチマチナレトモ。其死ヲ怖レ生ヲ楽コトハ一シヤ。中ニ就テ惟人ハ万物之霊ナリ。天地コノ人ニ由テ成立シ。道理コノ人有テ成立スル。若自身残忍ノ心ヲ逞シテ。罪ナキ者ヲ故ニ殺害シテ。極大苦悩怨恨ヲ生セシムル。此時業種子カ成就シテ。他時異日我身ニ集ル。無ト云レヌシヤ。同一法性ノ中。縁起不可思議ナルモノテ。此アレハ彼アル。此ニ作セハ彼許ニ応スル。鐘磬ヲ撃テ其音響ヲ発スル如ク。陰陽相激シテ雷声発動スル如ク。彼末魔極苦カ命根ト倶ニ滅シテ。此業種ヲ成スル。ソノ怨恨恚憤ノ心カ痛悩ト倶ニ尽テ。累世生死ノ身心ト共ニ增長スル。刹那際裏ニ却数ヲ建立スル。妄心夢中ニ種種ノ境界ヲ見ル。此悪趣ノ業種有ヘキ理ヲ推シテ知カヨキシヤ。此悪趣アレハ種種ノ水火苦具アルシヤ。

書き下し

初心ノ者先第一殺生業道ニ就テ憶念セヨ。死ト云ハ苦ノ至極シヤ。腹痛ヲ病ムモ。其痛ニ由テ総身ニ熱発スルシヤ。若死スル時ハ。総身ノ骨節脈胎極大苦ヲ生スル。老衰長病ノ者。衆多介抱人ノ中ニ在テ死スル者モ。此死苦ヲ免レ得ヌト云コトシヤ。マシテ色身堅固ナル者ノ殺害ニ遇フハ。其苦痛更ニ增上ナルヘキシヤ。世間ノ衆生。異類マチマチナレトモ。其死ヲ怖レ生ヲ楽コトハ一シヤ。中ニ就テ惟人ハ万物之霊ナリ。天地コノ人ニ由テ成立シ。道理コノ人有テ成立スル。若自身残忍ノ心ヲ逞シテ。罪ナキ者ヲ故ニ殺害シテ。極大苦悩怨恨ヲ生セシムル。此時業種子カ成就シテ。他時異日我身ニ集ル。無ト云レヌシヤ。同一法性ノ中。縁起不可思議ナルモノテ。此アレハ彼アル。此ニ作セハ彼許ニ応スル。鐘磬ヲ擊テ其音響ヲ発スル如ク。陰陽相激シテ雷声発動スル如ク。彼末魔極苦カ命根ト倶ニ滅シテ。此業種ヲ成スル。ソノ怨恨恚憤ノ心カ痛悩ト倶ニ尽テ。累世生死ノ身心ト共ニ增長スル。刹那際裏ニ却数ヲ建立スル。妄心夢中ニ種種ノ境界ヲ見ル。此悪趣ノ業種有ヘキ理ヲ推シテ知カヨキシヤ。此悪趣アレハ種種ノ水火苦具アルシヤ。

現代語訳

初心の者は、まず第一に殺生の業道について思いめぐらしなさい。死というのは苦しみの極みである。腹痛を病んでも、その痛みによって全身に熱が出るのである。もし死ぬ時は、全身の骨節や脈に極めて大きな苦しみが生じる。老衰や長患いの者が、大勢の介抱人の中で死ぬ場合でも、この死の苦しみを免れることはできないということである。まして体の丈夫な者が殺害に遭うのは、その苦痛がさらに増すはずである。世間の衆生は種類がまちまちであるけれども、死を恐れ生を楽しむことは一つである。中でも人は万物の霊長である。天地はこの人によって成り立ち、道理はこの人があって成り立つ。もし自身が残忍な心をほしいままにして、罪のない者を故意に殺害して、極めて大きな苦悩と怨恨を生じさせる。この時、業の種子が成就して、いつか後の日にわが身に集まる。無いとは言えないのである。同一の法性の中で、縁起は不可思議なものであって、これがあればあれがある。こちらで作せばあちらで応じる。鐘や磬を打てばその音響が生じるように、陰陽が激しくぶつかり合って雷鳴が起こるように、あの断末魔の極みの苦しみが命とともに滅して、この業の種を成す。その怨恨や怒りの心が痛み悩みとともに尽きて、代々の生死の身心とともに増長する。刹那の内に劫という長い時を作り出す。妄心が夢の中にさまざまな境界を見る。この悪趣の業の種があるはずの理を推し量って知るがよいのである。この悪趣があれば、さまざまな水や火の苦しみの道具があるのである。

解説

地獄がなぜあるのかを、殺生の業から説き明かす。腹痛でも全身が熱を持つのだから、殺される者の苦しみはいかばかりか、と身近な体験から想像させる。生きものはみな死を恐れ生を楽しむ点で一つである。罪なき者に極限の苦と恨みを与えれば、それは鐘を打てば音が鳴るように必ず応じ、業の種となって自分に返ってくる。刹那の中に長い劫を作り出すという表現は、一瞬の行いが長く心を縛ることを示す。人に与えた痛みが巡って自分に戻る、という感覚を持たせる一節である。

この章句が説くこと

不殺生縁起因果怨恨悪趣

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