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十善法語 / 巻第一・不殺生戒

逈然トシテ獨脫スルト云モ。天ノ天外ニ往去コトテハナイ。地ノ地外ヘ沒シ去コトテハナイ。獨善逸居シテ世ニ異ナルコトテハナイ。初位ノ菩薩多ク人王トナル。上位ノ菩薩多ク天王トナル。聲聞身ヲ以テ世ノ福田トナル。緣覺身ヲ以テ無佛世界ニ出ル。十界ノ隨類身此十善ノ在處シヤ。見聞覺知ノ境界皆大道ト相應シテ。生滅去來ノ相ナキシヤ。色聲香味等ノ諸塵カミナ妙理ト相應シテ。身心適悅スルシヤ。山河大地ヲ以テ自己ノ身體トス。艸木叢林ヲ以テ自己ノ身體トス。此場處ヲ。今此三界皆是我有ト說示アルコトシヤ。一切衆生ノ心念思慮ヲ以テ自己ノ心相トス。諸ノ安心得解。斷惑證理ヲ以テ自己ノ心相トス。此場處ヲ其中衆生悉是吾子ト說示アルコトシヤ。佛在世ニハ。在家モ出家モ天龍八部人非人マテ。此場處ヲ心ニ得テ身ニ行フタト云コトシヤ。

新字:逈然トシテ独脱スルト云モ。天ノ天外ニ往去コトテハナイ。地ノ地外ヘ没シ去コトテハナイ。独善逸居シテ世ニ異ナルコトテハナイ。初位ノ菩薩多ク人王トナル。上位ノ菩薩多ク天王トナル。声聞身ヲ以テ世ノ福田トナル。縁覚身ヲ以テ無仏世界ニ出ル。十界ノ随類身此十善ノ在処シヤ。見聞覚知ノ境界皆大道ト相応シテ。生滅去来ノ相ナキシヤ。色声香味等ノ諸塵カミナ妙理ト相応シテ。身心適悦スルシヤ。山河大地ヲ以テ自己ノ身体トス。艸木叢林ヲ以テ自己ノ身体トス。此場処ヲ。今此三界皆是我有ト説示アルコトシヤ。一切衆生ノ心念思慮ヲ以テ自己ノ心相トス。諸ノ安心得解。断惑証理ヲ以テ自己ノ心相トス。此場処ヲ其中衆生悉是吾子ト説示アルコトシヤ。仏在世ニハ。在家モ出家モ天竜八部人非人マテ。此場処ヲ心ニ得テ身ニ行フタト云コトシヤ。

書き下し

逈然トシテ独脱スルト云モ。天ノ天外ニ往去コトテハナイ。地ノ地外ヘ没シ去コトテハナイ。独善逸居シテ世ニ異ナルコトテハナイ。初位ノ菩薩多ク人王トナル。上位ノ菩薩多ク天王トナル。声聞身ヲ以テ世ノ福田トナル。縁覚身ヲ以テ無仏世界ニ出ル。十界ノ随類身此十善ノ在処シヤ。見聞覚知ノ境界皆大道ト相応シテ。生滅去来ノ相ナキシヤ。色声香味等ノ諸塵カミナ妙理ト相応シテ。身心適悅スルシヤ。山河大地ヲ以テ自己ノ身体トス。艸木叢林ヲ以テ自己ノ身体トス。此場処ヲ。今此三界皆是我有ト説示アルコトシヤ。一切衆生ノ心念思慮ヲ以テ自己ノ心相トス。諸ノ安心得解。断惑証理ヲ以テ自己ノ心相トス。此場処ヲ其中衆生悉是吾子ト説示アルコトシヤ。仏在世ニハ。在家モ出家モ天竜八部人非人マテ。此場処ヲ心ニ得テ身ニ行フタト云コトシヤ。

現代語訳

はるかに独り抜け出ると言っても、天が天の外へ去って行くことではない。地が地の外へ沈み去ることではない。独り善しとして隠れ住み、世間と異なることではない。初位の菩薩は多く人間の王となる。上位の菩薩は多く天の王となる。声聞の身で世の福田となる。縁覚の身で仏のいない世界に出る。十界それぞれの類に応じた身が、この十善の在り所である。見聞覚知の境界がみな大道と相応して、生滅や去来の相がない。色・声・香・味などの諸々の対象がみな妙なる理と相応して、身心が心地よく喜ぶ。山河大地を自己の身体とする。草木叢林を自己の身体とする。この境地を「今この三界はみな私のものである」と説き示されたのである。一切衆生の心の思いを自己の心のすがたとする。諸々の安心や悟り、煩悩を断ち理を証することを自己の心のすがたとする。この境地を「その中の衆生はことごとく私の子である」と説き示されたのである。仏の在世には、在家も出家も、天・竜などの八部衆や人・非人に至るまで、この境地を心に得て身に行ったということである。

解説

解脱というと世を捨てて山に籠もることを思い浮かべがちだが、尊者はそれを否定する。菩薩は人の王や天の王となって世に立ち、声聞は世の福田となる。抜け出すとは世間から離れることではなく、山河大地を自分の身体とし、人々の心を自分の心とするほどに、自他の区切りから抜け出すことだという。法華経の「三界皆是我有」「衆生悉是吾子」の句がここで解き明かされる。自分の仕事を狭い職分に閉じず、社会全体とつながった営みとして捉え直す見方に通じる。

この章句が説くこと

菩薩自他大道三界衆生在家

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