十善法語 / 巻第一・不殺生戒
史記ニ。殷ノ湯王野ニ出テ。捕鳥者ヲ見ルニ。四面ニ網ヲ張テ。祝シテ曰。自天下。四方皆入我網ト。王云。嘻盡矣ト。其三面ヲ去テ改祝ス。欲左左。欲右右。不用命乃入吾網ト。諸侯カコレヲ聞テ。湯ノ德至矣。及禽獸ト云テ。悉從タトアル。禮訓ニ天子無故不殺牛。諸侯無故不殺羊。大夫無故不殺犬豕トアル。明ノ焦弱侯カ此ヲ引テ。天子尊也。諸侯大夫貴也。然皆無故不得殺生。夫無故不得殺生。有故而殺者蓋無幾矣ト云タ類。宋ノ周茂叔カ窻前ノ草ヲ鋤去ラヌ類。此等ミナ天地生育ノ道ニモ順スヘク。佛法ニモ順スル趣シヤ。此憶念有テ此法成就ス。此法有テ此德成就ス。
新字:史記ニ。殷ノ湯王野ニ出テ。捕鳥者ヲ見ルニ。四面ニ網ヲ張テ。祝シテ曰。自天下。四方皆入我網ト。王云。嘻尽矣ト。其三面ヲ去テ改祝ス。欲左左。欲右右。不用命乃入吾網ト。諸侯カコレヲ聞テ。湯ノ徳至矣。及禽獣ト云テ。悉従タトアル。礼訓ニ天子無故不殺牛。諸侯無故不殺羊。大夫無故不殺犬豕トアル。明ノ焦弱侯カ此ヲ引テ。天子尊也。諸侯大夫貴也。然皆無故不得殺生。夫無故不得殺生。有故而殺者蓋無幾矣ト云タ類。宋ノ周茂叔カ窓前ノ草ヲ鋤去ラヌ類。此等ミナ天地生育ノ道ニモ順スヘク。仏法ニモ順スル趣シヤ。此憶念有テ此法成就ス。此法有テ此徳成就ス。
書き下し
史記ニ。殷ノ湯王野ニ出テ。捕鳥者ヲ見ルニ。四面ニ網ヲ張テ。祝シテ曰。自天下。四方皆入我網ト。王云。嘻尽矣ト。其三面ヲ去テ改祝ス。欲左左。欲右右。不用命乃入吾網ト。諸侯カコレヲ聞テ。湯ノ徳至矣。及禽獣ト云テ。悉従タトアル。礼訓ニ天子無故不殺牛。諸侯無故不殺羊。大夫無故不殺犬豕トアル。明ノ焦弱侯カ此ヲ引テ。天子尊也。諸侯大夫貴也。然皆無故不得殺生。夫無故不得殺生。有故而殺者蓋無幾矣ト云タ類。宋ノ周茂叔カ窻前ノ草ヲ鋤去ラヌ類。此等ミナ天地生育ノ道ニモ順スヘク。仏法ニモ順スル趣シヤ。此憶念有テ此法成就ス。此法有テ此徳成就ス。
現代語訳
史記に、殷の湯王が野に出て、鳥を捕る者を見ると、四方に網を張って、祈って言った。「天から降り、四方から来るものは、みな私の網に入れ」と。王は言った。「ああ、これでは取り尽くしてしまう」と。その三面の網を取り除いて改めて祈らせた。「左へ行きたいものは左へ、右へ行きたいものは右へ。命に従わないものだけ私の網に入れ」と。諸侯がこれを聞いて、「湯王の徳は極まった。鳥獣にまで及んでいる」と言って、ことごとく従ったとある。礼の教えに、「天子は理由なく牛を殺さない。諸侯は理由なく羊を殺さない。大夫は理由なく犬や豚を殺さない」とある。明の焦弱侯(焦竑)がこれを引いて、「天子は尊く、諸侯大夫は貴い。それでもみな理由なく殺生することはできない。そもそも理由なく殺生できないのであれば、理由があって殺すことはおそらくほとんどないであろう」と言った類、宋の周茂叔(周敦頤)が窓の前の草を刈り取らなかった類、これらはみな天地の生育の道にも順うはずであり、仏法にも順う趣である。この思いがあってこの法が成就する。この法があってこの徳が成就する。
解説

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