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武士道 / 第四章 勇・敢爲堅忍の精神・我の公と争うは弓箭に在り

我の公と爭ふところは、弓箭に在りて米鹽にあらず。今より以後鹽を我國に取れ、多寡唯だ命のまゝなりと。乃ち賈人に命じ、價を平にして、之を給したりとぞ。此れ彼の羅馬の勇士カミラスが、『羅馬人は金を以て戰はず、鐵を以て戰ふ』と云へるに似て、而も更に優なるものあり。ニーチエが、『汝は其敵を誇りとすべし。敵の成功は、又た汝の成功なり』と云へるは、能く我國武士の眞情を語れるものなり。戰塲に臨んで我が良敵どするに値ひある者は、平時の親友たるに適して、勇武あり名譽あるの人たらざるべからず。夫れ勇の極意は、仁に邇し。孔子曰はずや、『仁者必有勇』と。

新字:我の公と争ふところは、弓箭に在りて米塩にあらず。今より以後塩を我国に取れ、多寡唯だ命のまゝなりと。乃ち賈人に命じ、価を平にして、之を給したりとぞ。此れ彼の羅馬の勇士カミラスが、『羅馬人は金を以て戦はず、鉄を以て戦ふ』と云へるに似て、而も更に優なるものあり。ニーチエが、『汝は其敵を誇りとすべし。敵の成功は、又た汝の成功なり』と云へるは、能く我国武士の真情を語れるものなり。戦塲に臨んで我が良敵どするに値ひある者は、平時の親友たるに適して、勇武あり名誉あるの人たらざるべからず。夫れ勇の極意は、仁に邇し。孔子曰はずや、『仁者必有勇』と。

書き下し

我の公と争ふところは、弓箭に在りて米塩にあらず。今より以後、塩を我国に取れ、多寡ただ命のままなりと。乃ち賈人に命じ、価を平にして、之を給したりとぞ。此れ彼の羅馬の勇士カミラスが、『羅馬人は金を以て戦はず、鉄を以て戦ふ』と云へるに似て、而も更に優なるものあり。ニーチェが、『汝は其敵を誇りとすべし。敵の成功は、又た汝の成功なり』と云へるは、能く我国武士の真情を語れるものなり。戦場に臨んで我が良敵とするに値ひある者は、平時の親友たるに適して、勇武あり名誉あるの人たらざるべからず。夫れ勇の極意は、仁に邇し。孔子曰はずや、『仁者必ず勇有り』と。

現代語訳

私が公と争うのは弓矢においてであって、米や塩においてではありません。今から後は、塩をわが国から取ってください。多い少ないはただ仰せのままに、と。そして商人に命じ、値を公平にしてこれを供給したということです。これはローマの勇士カミッルスが、ローマ人は金で戦わず鉄で戦う、と言ったのに似ていて、しかもさらに優れたところがあります。ニーチェが、汝はその敵を誇りとすべきである、敵の成功はまた汝の成功である、と言ったのは、よくわが国の武士の真情を語っています。戦場に臨んで自分のよい敵とするに値する者は、平時の親友となるにふさわしく、勇武があり名誉のある人でなければなりません。勇の極意は仁に近い。孔子はこう言っているではありませんか、仁者は必ず勇を有する、と。

解説

塩の逸話の結びと、そこから引き出される原則です。争うのは弓矢であって米塩ではない。戦いの範囲を自ら限るという宣言で、ローマのカミッルスの言葉より優れているとされます。よい敵は平時の親友にふさわしい、という一文が要で、敵と味方の区別が固定されていません。そして勇の極意は仁に近いと述べて、次章の仁へ橋を渡します。論語子罕篇の一句が締めに置かれています。

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