十善法語 / 巻第一・不殺生戒
此上中下品ト云コトハ。自ラ心ヲ起スニ就テ上中下カアル。大惡猛利ノ心ト。三時ニ決定スル等ハ。上品ナルモノシヤ。惡心ノ決定セヌト。增長セヌト。時ニ當テ止ムコトヲ得ヌハ。中下品ナルモノシヤ。境界ニモ上中下カアルシヤ。人ヲ殺スヲ上トスル。諸龍等ヲ殺スヲ中トス。微細ノ蚊蚋等ヲ殺スヲ下トスル。人ノ中ニモ父母等有恩ノ人ヲ殺スヲ逆罪ト名ツクル。大極重罪シヤ。餘ノ有恩ノ人ヲ殺スヲ上ノ中ノ上品トスル。中庸ノ人ヲ殺スヲ上ノ中品トスル。惡人ヲ殺スヲ下品トスルシヤ。此類ヲ推シテ諸戒犯相ノ上中品ヲ知レ。善心ヲ以テ善人ヲ殺ス。惡心ヲ以テ善人ヲ殺ス。善心ヲ以テ惡人ヲ殺ス。惡心ヲ以テ惡人ヲ殺スナト。其罪ノ輕重差別。契經律藏論藏ニ具ニ料簡ノ有ト云コトシヤ。大綱ハ上ノ通リ信解憶念スルカヨイ。
新字:此上中下品ト云コトハ。自ラ心ヲ起スニ就テ上中下カアル。大悪猛利ノ心ト。三時ニ決定スル等ハ。上品ナルモノシヤ。悪心ノ決定セヌト。增長セヌト。時ニ当テ止ムコトヲ得ヌハ。中下品ナルモノシヤ。境界ニモ上中下カアルシヤ。人ヲ殺スヲ上トスル。諸竜等ヲ殺スヲ中トス。微細ノ蚊蚋等ヲ殺スヲ下トスル。人ノ中ニモ父母等有恩ノ人ヲ殺スヲ逆罪ト名ツクル。大極重罪シヤ。余ノ有恩ノ人ヲ殺スヲ上ノ中ノ上品トスル。中庸ノ人ヲ殺スヲ上ノ中品トスル。悪人ヲ殺スヲ下品トスルシヤ。此類ヲ推シテ諸戒犯相ノ上中品ヲ知レ。善心ヲ以テ善人ヲ殺ス。悪心ヲ以テ善人ヲ殺ス。善心ヲ以テ悪人ヲ殺ス。悪心ヲ以テ悪人ヲ殺スナト。其罪ノ軽重差別。契経律蔵論蔵ニ具ニ料簡ノ有ト云コトシヤ。大綱ハ上ノ通リ信解憶念スルカヨイ。
書き下し
此上中下品ト云コトハ。自ラ心ヲ起スニ就テ上中下カアル。大悪猛利ノ心ト。三時ニ決定スル等ハ。上品ナルモノシヤ。悪心ノ決定セヌト。增長セヌト。時ニ当テ止ムコトヲ得ヌハ。中下品ナルモノシヤ。境界ニモ上中下カアルシヤ。人ヲ殺スヲ上トスル。諸竜等ヲ殺スヲ中トス。微細ノ蚊蚋等ヲ殺スヲ下トスル。人ノ中ニモ父母等有恩ノ人ヲ殺スヲ逆罪ト名ツクル。大極重罪シヤ。余ノ有恩ノ人ヲ殺スヲ上ノ中ノ上品トスル。中庸ノ人ヲ殺スヲ上ノ中品トスル。悪人ヲ殺スヲ下品トスルシヤ。此類ヲ推シテ諸戒犯相ノ上中品ヲ知レ。善心ヲ以テ善人ヲ殺ス。悪心ヲ以テ善人ヲ殺ス。善心ヲ以テ悪人ヲ殺ス。悪心ヲ以テ悪人ヲ殺スナト。其罪ノ軽重差別。契経律蔵論蔵ニ具ニ料簡ノ有ト云コトシヤ。大綱ハ上ノ通リ信解憶念スルカヨイ。
現代語訳
この上中下品ということは、自ら心を起こすことについて上中下がある。大いに悪く猛々しく鋭い心と、前・最中・後の三時にわたって心が決まっているものなどは、上品のものである。悪心が決まっていないもの、増長しないもの、その時に当たってやむをえなかったものは、中品・下品のものである。対象にも上中下があるのである。人を殺すのを上とする。諸々の竜などを殺すのを中とする。微細な蚊やぶよなどを殺すのを下とする。人の中でも、父母など恩のある人を殺すのを逆罪と名づける。極めて重い大罪である。そのほかの恩のある人を殺すのを上の中の上品とする。普通の人を殺すのを上の中品とする。悪人を殺すのを下品とするのである。この類を推して、諸々の戒を犯すありさまの上品中品を知りなさい。善心で善人を殺す、悪心で善人を殺す、善心で悪人を殺す、悪心で悪人を殺すなど、その罪の軽重の違いは、経蔵・律蔵・論蔵に詳しく論じ分けてあるということである。大筋は上のとおり信じて理解し、心にとどめておくのがよい。
解説

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