十善法語 / 巻第一・不殺生戒
有情ニ迷謬有リ。虛妄アリ。互ニ惑亂シテ實情ヲ失フ。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切欺誑ノ言辭爰ニ解脫スルシヤ。自他ノ戯謔有テ散亂ニ住ス。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切掉擧ノ心爰ニ解脫スルシヤ。自他ノ罵詈有テ事ヲ破リ道ヲ壞ル。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切麁獷ノ言辭爰ニ解脫スルシヤ。自他ノ悖戾有テ他ノ親好ヲ嫉ム。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切偏倚憎嫉ノ心爰ニ解脫スルシヤ。世間順境有テ我戒善倍增スル。一切貪求ノ心爰ニ解脫スルシヤ。世間違境有テ我戒善倍增スル。一切恚惱ノ心爰ニ解脫スルシヤ。世間起滅有テ我戒善倍增スル。一切非理ノ憶度爰ニ解脫スルシヤ。鳥ノ籠ヲ脫シテ虛空ヲ飛カ如ク。魚ノ網ヲ透テ大海ニ遊カ如ク。此色心ノ窠窟ヲ脫却シテ。逈然トシテ獨脫スル。面白キコトシヤ。
新字:有情ニ迷謬有リ。虚妄アリ。互ニ惑乱シテ実情ヲ失フ。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切欺誑ノ言辞爰ニ解脱スルシヤ。自他ノ戯謔有テ散乱ニ住ス。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切掉挙ノ心爰ニ解脱スルシヤ。自他ノ罵詈有テ事ヲ破リ道ヲ壊ル。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切麁獷ノ言辞爰ニ解脱スルシヤ。自他ノ悖戻有テ他ノ親好ヲ嫉ム。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切偏倚憎嫉ノ心爰ニ解脱スルシヤ。世間順境有テ我戒善倍增スル。一切貪求ノ心爰ニ解脱スルシヤ。世間違境有テ我戒善倍增スル。一切恚悩ノ心爰ニ解脱スルシヤ。世間起滅有テ我戒善倍增スル。一切非理ノ憶度爰ニ解脱スルシヤ。鳥ノ籠ヲ脱シテ虚空ヲ飛カ如ク。魚ノ網ヲ透テ大海ニ遊カ如ク。此色心ノ窠窟ヲ脱却シテ。逈然トシテ独脱スル。面白キコトシヤ。
書き下し
有情ニ迷謬有リ。虚妄アリ。互ニ惑乱シテ実情ヲ失フ。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切欺誑ノ言辞爰ニ解脱スルシヤ。自他ノ戯謔有テ散乱ニ住ス。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切掉挙ノ心爰ニ解脱スルシヤ。自他ノ罵詈有テ事ヲ破リ道ヲ壊ル。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切麁獷ノ言辞爰ニ解脱スルシヤ。自他ノ悖戻有テ他ノ親好ヲ嫉ム。我戒善此ニ由テ倍增スル。一切偏倚憎嫉ノ心爰ニ解脱スルシヤ。世間順境有テ我戒善倍增スル。一切貪求ノ心爰ニ解脱スルシヤ。世間違境有テ我戒善倍增スル。一切恚悩ノ心爰ニ解脱スルシヤ。世間起滅有テ我戒善倍增スル。一切非理ノ憶度爰ニ解脱スルシヤ。鳥ノ籠ヲ脱シテ虚空ヲ飛カ如ク。魚ノ網ヲ透テ大海ニ遊カ如ク。此色心ノ窠窟ヲ脱却シテ。逈然トシテ独脱スル。面白キコトシヤ。
現代語訳
生きものには迷い誤りがあり、虚妄があって、互いに惑わし乱して真実の情を失う。わが戒の善はこれによって倍増し、一切の欺き偽る言葉がここで解脱されるのである。自分や他人の戯れがあって、心が散り乱れた中に住む。わが戒の善はこれによって倍増し、一切の浮ついた心がここで解脱されるのである。自分や他人の罵りがあって、事を破り道を壊す。わが戒の善はこれによって倍増し、一切の粗暴な言葉がここで解脱されるのである。自分や他人の背き逆らいがあって、他人の親しい仲をねたむ。わが戒の善はこれによって倍増し、一切の偏りねたむ心がここで解脱されるのである。世間に思い通りの境遇があって、わが戒の善は倍増し、一切の貪り求める心がここで解脱されるのである。世間に思い通りにならない境遇があって、わが戒の善は倍増し、一切の怒り悩む心がここで解脱されるのである。世間に生じては滅することがあって、わが戒の善は倍増し、一切の理に合わない推し量りがここで解脱されるのである。鳥が籠を抜け出して虚空を飛ぶように、魚が網をくぐり抜けて大海に遊ぶように、この身と心の巣穴を脱して、はるかに独り抜け出る。面白いことである。
解説
この章句が説くこと
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