呂氏春秋 / 重己②
使烏獲疾引牛尾,尾絕力勯,而牛不可行,逆也。使五尺豎子引其棬,而牛恣所以之,順也。世之人主貴人,無賢不肖,莫不欲長生久視,而日逆其生,欲之何益?凡生[之]長也,順之也;使生不順者,欲也;故聖人必先適欲。
新字:使烏獲疾引牛尾,尾絶力勯,而牛不可行,逆也。使五尺豎子引其棬,而牛恣所以之,順也。世之人主貴人,無賢不肖,莫不欲長生久視,而日逆其生,欲之何益?凡生[之]長也,順之也;使生不順者,欲也;故聖人必先適欲。
書き下し
烏獲をして疾く牛尾を引かしめば、尾絶え力勯くるとも、牛の行く可からざるは、逆えばなり。五尺の豎子をして其の棬を引かしめば、乃ち牛の以て之く所を恣にするは、順えばなり。世の人主貴人、賢不肖と無く、長生久視を欲せざるは莫し。而るに日に其の生に逆わば、之を欲するも何の益かあらん。凡そ生の長きや、之に順えばなり。生をして順わざらしむる者は欲なり。故に聖人は必ず先づ欲を適にす。
現代語訳
力士の烏獲に牛の尾を強く引かせても、尾が切れ力が尽きるまで引いても、牛を進ませることはできない。逆らって引くからだ。ところが小さな子どもに牛の鼻木を引かせれば、牛は行きたい方へ素直に進む。理にかなって導くからだ。世の君主や貴人は、賢愚を問わず、みな長生きを願わないものはない。それでいて日々その生に逆らう暮らしをしていては、長生きを願っても何の益があろう。そもそも生が長らえるのは、生の理にかなうからであり、生を理に逆らわせるものは欲望である。だから聖人は、まず何よりも欲望を適度に整えるのだ。
解説
長生きの秘訣を、牛を導く比喩で説く段です。怪力で牛の尾を無理に引いても牛は動かないが、小さな子でも鼻木を引けば牛は素直に進む。力ずくの「逆らい」ではなく、理にかなった「従い」こそが物事を動かす、というのです。人の生命も同じで、長生きを願いながら日々その生の理に逆らう暮らしをしては本末転倒だ、と説きます。そして、生を理に逆らわせる元凶は際限のない欲望であり、だから聖人はまず欲を適度に整える、と結びます。無理に押し通すのではなく、対象の理に沿って導く。そして根本原因である欲望をまず調える。健康法にとどまらず、人や組織を動かす際にも通じる、「順」と「節欲」の知恵を示す一段です。
この章句が説くこと
重己養生烏獲順逆節欲長生久視
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