人物志 / 七繆
世有侈儉,名由進退。
新字:世有侈倹,名由進退。
書き下し
世に侈儉有り、名は進退に由る。
現代語訳
世の中には奢侈が良しとされる時代と倹約が良しとされる時代とがあり、人の評判はその世相の変化によって上がったり下がったりする。
解説
同じ人物、同じ振る舞いであっても、世の中が贅を好む時代か倹約を尊ぶ時代かによって、評判は上下すると劉劭は述べる。ある行動が称賛される流行の年もあれば、同じ行動が浮ついていると批判される年もあり、評判の変化が必ずしも本人の変化を意味しない場合は多い。時代の空気やその場の風潮に合わせて評価が揺れているだけなのか、それとも本人の実質が変わったのかを分けて見る目を持つことが、人を見誤らないための一助になる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
世相評判の変動時代の空気
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人物志・七繆富貴遂達は、勢の申ぶるなり。貧賤窮匱は、勢の壓さるるなり。
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人物志・七繆天下皆富めば、則ち清貧の者は苦しむと雖も、必ず委頓の憂ひ無く、且つ施しを辞するの高有り、以て栄名の利を獲。皆貧しければ、則ち仮るを求むるも告ぐる所無くして、窮乏の患ひ有り、且つ鄙吝の訟を生ず。是の故に、材を鈞しくして進むに、之に与する者有れば、則ち体益して茂遂し、私理卑抑せられて、之を累はす者有れば、則ち微降して稍く退く。而るに衆人の観は、其の本を理めず、各々其の在る所を指す。是れ申圧に疑ふ者なり。夫れ清雅の美は、形質に著れ、之を察して失寡し。失繆の由は、恒に二尤に在り。二尤の生ずるや、物と列を異にす。故に
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人物志・七繆是の故に、達しては労謙の称有り、窮しては著明の節有り。中材の人は、則ち世に随ひて損益す。是の故に、富貴に藉れば則ち貨財内に克ち、施恵外に周し。贍はるる者は称すべきを求めて之を誉め、援けらるる者は小美を闡きて之を大にす。異材無しと雖も、猶ほ行ひ成りて名立つ。貧賤に処れば則ち施さんと欲して財無く、援けんと欲して勢無く、親戚も恤むこと能はず、朋友も済はれず、分義復た立たず、恩愛浸く以て離れ、怨望する者並び至り、非を帰する者日に多し。罪尤無しと雖も、猶ほ故無くして廃せらるるなり。故に
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人物志・七繆故に州閭の士、皆誉め皆毀るも、未だ正と為すべからざるなり。交遊の人、誉むること三周せざれば、未だ必ずしも是を信ぜざるなり。夫れ実厚の士は、交遊の間、必ず在る所毎に肩称せらる。上等は之を援き、下等は之を推す。苟くも周きこと能はざれば、必ず咎毀有り。故に上に偏りて下を失へば、則ち其の終り毀り有り。下に偏りて上を失へば、則ち其の進むこと傑れず。故に誠に能く三周すれば、則ち国の利とする所と為る。此れ正直の交はりなり。故に皆合して是とするも、亦た違比有り。皆合して非とするも、或いは其の中に在り。若し奇異の材有れば、則ち衆の見る所に非ず。而るに耳の聴采する所、多きを以て信と為す。是れ誉を察するに繆る者なり。夫れ善を愛し悪を疾むは、人情の常とする所なり。苟くも賢を明らかにせざれば、或いは善を疏んじ非を善しとす。何を以て之を論ぜん。夫れ非を善しとする者は、非なりと雖も猶ほ是とする所有り。其の是とする所の、己の長ずる所に順ふを以て、則ち自ら情通じ意親しむを覚えずして、忽ち其の悪を忘る。
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人物志・七繆七繆とは、一に曰く、誉を察するに偏頗の繆有り。二に曰く、物に接するに愛悪の惑有り。三に曰く、心を度るに大小の誤有り。四に曰く、質を品するに早晩の疑有り。五に曰く、類を変ずるに同体の嫌有り。六に曰く、材を論ずるに申圧の詭有り。七に曰く、奇を観るに二尤の失有り。夫れ采訪の要は、多少に在らず。然れども徴質明らかならざる者は、耳を信じて敢へて目を信ぜず。故に人以て是と為せば、則ち心随ひて之を明とし、人以て非と為せば、則ち意転じて之に化す。嫌ふ所無しと雖も、意疑はざるが若し。且つ人の物を察するや、亦た自ら誤り有り。愛憎之を兼ね、其の情万原なり。其の本を暢べずんば、胡ぞ必ず信ずべけんや。是の故に、
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人物志・七繆人を知る者は、目を以て耳を正し、人を知らざる者は、耳を以て目を敗る。