人物志 / 七繆
知人者,以目正耳;不知人者,以耳敗目。
書き下し
人を知る者は、目を以て耳を正し、人を知らざる者は、耳を以て目を敗る。
現代語訳
人物を見抜く者は、自分の目で確かめた事実によって耳から入る噂を正すが、人物を見抜けない者は、耳から入る噂によって自分の目で確かめた事実を曲げてしまう。
解説
人物評価の基本は、伝聞よりも自分の目で確かめた事実を優先することだと劉劭は説く。人は噂や評判を先に耳にすると、実際に見たものまでその色眼鏡で歪めて解釈してしまいがちである。職場の第一印象や又聞きの評判が、本人と接した実感より先に判断を固めてしまう場面は珍しくない。噂に流される前に、自分は実際に何を見たのかを一度確かめ直す姿勢が、判断の歪みを防ぐ手がかりになる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
直接観察伝聞人物評価
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人物志・七繆七繆とは、一に曰く、誉を察するに偏頗の繆有り。二に曰く、物に接するに愛悪の惑有り。三に曰く、心を度るに大小の誤有り。四に曰く、質を品するに早晩の疑有り。五に曰く、類を変ずるに同体の嫌有り。六に曰く、材を論ずるに申圧の詭有り。七に曰く、奇を観るに二尤の失有り。夫れ采訪の要は、多少に在らず。然れども徴質明らかならざる者は、耳を信じて敢へて目を信ぜず。故に人以て是と為せば、則ち心随ひて之を明とし、人以て非と為せば、則ち意転じて之に化す。嫌ふ所無しと雖も、意疑はざるが若し。且つ人の物を察するや、亦た自ら誤り有り。愛憎之を兼ね、其の情万原なり。其の本を暢べずんば、胡ぞ必ず信ずべけんや。是の故に、
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人物志・七繆其の乏しき所を以て、己の長を明らかにせず、其の長ずる所を以て、己の短き所を軽んずれば、則ち自ら志乖き気違ふを知らずして、忽ち其の善を忘る。是れ愛悪に惑ふ者なり。夫れ
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人物志・七繆尤妙の人は、精を內に含み、外に飾姿無し。尤虛の人は、碩言瑰姿にして、內実は乖反す。
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人物志・效難是非を説くを好めば、則ち以て臧否すと為す。
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人物志・七繆故に州閭の士、皆誉め皆毀るも、未だ正と為すべからざるなり。交遊の人、誉むること三周せざれば、未だ必ずしも是を信ぜざるなり。夫れ実厚の士は、交遊の間、必ず在る所毎に肩称せらる。上等は之を援き、下等は之を推す。苟くも周きこと能はざれば、必ず咎毀有り。故に上に偏りて下を失へば、則ち其の終り毀り有り。下に偏りて上を失へば、則ち其の進むこと傑れず。故に誠に能く三周すれば、則ち国の利とする所と為る。此れ正直の交はりなり。故に皆合して是とするも、亦た違比有り。皆合して非とするも、或いは其の中に在り。若し奇異の材有れば、則ち衆の見る所に非ず。而るに耳の聴采する所、多きを以て信と為す。是れ誉を察するに繆る者なり。夫れ善を愛し悪を疾むは、人情の常とする所なり。苟くも賢を明らかにせざれば、或いは善を疏んじ非を善しとす。何を以て之を論ぜん。夫れ非を善しとする者は、非なりと雖も猶ほ是とする所有り。其の是とする所の、己の長ずる所に順ふを以て、則ち自ら情通じ意親しむを覚えずして、忽ち其の悪を忘る。
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人物志・效難講目にして名を成せば、則ち以て人物と為す。