人物志 / 七繆
同體之人,常患於過譽;及其名敵,則尟能相下。
新字:同体之人,常患於過誉;及其名敵,則尟能相下。
書き下し
同体の人は、常に過誉に患い、其の名敵するに及びては、則ち尟かに能く相下る。
現代語訳
気質や立場が似た者同士は、互いを過大に誉め合う弊害を常に抱えており、その名声が並び立つ間柄になると、互いに一歩を譲れる者はほとんどいない。
解説
似た気質や立場の人同士は仲間意識から互いを過大に評価しがちだが、いざ立場が並び競い合う関係になると、途端に譲り合いが難しくなると劉劭は見抜く。同じチームや同業者の間で気安く褒め合っていた関係が、昇進や評価が絡んだ途端にぎくしゃくすることは珍しくない。褒め言葉が本当に相手の実力を映しているのか、それとも仲間内の空気に流されているだけなのかを、利害が対立していない今のうちに見極めておくことは無駄ではない。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
仲間意識過大評価競合関係
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人物志・七繆是の故に、直者は性奮ひ、人の直を人に行ふを好めども、人の訐きを受くること能はず。尽者は情露はれ、人の尽くすを人に行ふを好めども、人の径を納るること能はず。名を務むる者は人の進趨の人に過ぐるを楽しめども、己を陵ぐものの後に出づること能はず。是の故に、性同じくして材傾けば、則ち相援けて相頼るなり。性同じくして勢均しければ、則ち相競ひて相害ふなり。此れ又同体の変なり。故に或いは直を助けて直を毀り、或いは明に与して明を毀る。而るに衆人の察は、其の律理を弁ぜず。是れ体同に嫌ふ者なり。夫れ人の処る所は勢を異にし、勢に申圧有り。
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人物志・七繆名利の路は、是得に在り。損害の源は、非失に在り。故に人は賢愚と無く、皆是得をして己に在らしめんと欲す。能く己の是を明らかにするは、同体に過ぐるは莫し。是を以て偏材の人は、交遊進趨の類、皆同体を親愛して之を誉め、対反を憎悪して之を毀り、異雑を序して尚ばざるなり。推して之を論ずれば、他の故無し。夫れ同体を誉め、対反を毀るは、彼の非を証して己の是を著す所以なり。異雑の人に至りては、彼に於いて益無く、己に於いて害無ければ、則ち序して尚ばず。是の故に、
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人物志・七繆故に州閭の士、皆誉め皆毀るも、未だ正と為すべからざるなり。交遊の人、誉むること三周せざれば、未だ必ずしも是を信ぜざるなり。夫れ実厚の士は、交遊の間、必ず在る所毎に肩称せらる。上等は之を援き、下等は之を推す。苟くも周きこと能はざれば、必ず咎毀有り。故に上に偏りて下を失へば、則ち其の終り毀り有り。下に偏りて上を失へば、則ち其の進むこと傑れず。故に誠に能く三周すれば、則ち国の利とする所と為る。此れ正直の交はりなり。故に皆合して是とするも、亦た違比有り。皆合して非とするも、或いは其の中に在り。若し奇異の材有れば、則ち衆の見る所に非ず。而るに耳の聴采する所、多きを以て信と為す。是れ誉を察するに繆る者なり。夫れ善を愛し悪を疾むは、人情の常とする所なり。苟くも賢を明らかにせざれば、或いは善を疏んじ非を善しとす。何を以て之を論ぜん。夫れ非を善しとする者は、非なりと雖も猶ほ是とする所有り。其の是とする所の、己の長ずる所に順ふを以て、則ち自ら情通じ意親しむを覚えずして、忽ち其の悪を忘る。
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人物志・七繆其の乏しき所を以て、己の長を明らかにせず、其の長ずる所を以て、己の短き所を軽んずれば、則ち自ら志乖き気違ふを知らずして、忽ち其の善を忘る。是れ愛悪に惑ふ者なり。夫れ
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人物志・接識論、同体を以てして、然る後に乃ち悅ぶ。是に於いてか親愛の情、稱舉の譽有り。
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人物志・七繆善人は善なりと雖も、猶乏しき所有り。