人物志 / 八觀
蓋人道之極,莫過愛敬。
書き下し
蓋し人道の極は、愛敬に過ぐる莫し。
現代語訳
そもそも人としての道の極致は、愛と敬にまさるものはない。
解説
人としての道を突き詰めていくと、最後に残るのは愛と敬の二つだと人物志は説く。技術や才能をどれほど積み上げても、人と人との関わりの根本にあるのは、相手を慈しむ心と相手を尊重する心のバランスである。日々の人間関係を振り返るとき、相手にどれだけ愛情を注いでいるか、そしてどれだけ敬意を払っているか、その両方を意識して初めて関係は安定する。この一節は、人物観察の視点そのものを、人への向き合い方へと静かに引き戻している。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
愛敬人道根本
関連する章句
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人物志・八觀敬の道たるや、厳にして相離る、其の勢い久しかり難し。愛の道たるや、情親しく意厚く、深くして物を感ぜしむ。
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人物志・八觀愛は敬より少なかるべからず。敬より少なければ、則ち廉節の者之に帰すれども、衆人与せず。愛、敬より多ければ、則ち廉節の者悦ばずと雖も、愛接する者之に死す。何となれば則ち、
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人物志・八觀是の故に、『孝経』は愛を以て至徳と為し、敬を以て要道と為す。『易』は感を以て徳と為し、謙を以て道と為す。『老子』は無を以て徳と為し、虚を以て道と為す。『礼』は敬を以て本と為し、『楽』は愛を以て主と為す。然らば則ち、人情の質、愛敬の誠有れば、則ち道徳と体を同じくし、動けば人心を獲て、道通ぜざる無きなり。然れども
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『慎思録』巻之一凡そ人倫に接するの道は、愛敬を以て心と為す。愛敬は親に事ふるに始まる。豈に啻だ父母に施すのみならんや。愛すれば則ち敢へて人を悪まず。之を拡むれば則ち博く施して衆を済ふに至る。仁の行なり。敬すれば則ち敢へて人を慢らず。之を拡むれば則ち敢へて鰥寡を侮らざるに至る。礼の行なり。人に接するの道は、此に尽くるのみ。二者は、皆日用彝倫の間に常に行ふべくして、須臾も離るべからざるの道なり。然れども愛敬は信を以て本と為す。苟も信無くんば、則ち容貌恭謹、言語姁姁たりと雖も、亦以て愛敬と為すに足らざるのみ。
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人物志・八觀人情は皆勝つを求めんと欲す、故に人の謙なるを悦ぶ。
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『初学訓』巻之二一およそ、人となりては、常に愛敬の心をたもちて、少時も失ふべからず。愛とは、人を憐むをいふ。人をにくみ疎んぜざるなり。其交の親しき疎きによりて、愛の厚薄品はかはれども、すべて疎きも親しきも、愛せずといふこと無かるべし。敬とは、人をうやまふをいふ。人を侮り軽んぜざるなり。其位の尊き卑き品によりて、敬の浅深はかはれども、すべて、敬ひ侮るべからず。愛はしたしきより生じ、敬は貴きより生ずれども、うときをも愛し、いやしきをも敬するは、真の愛敬なり。親疎貴賤、すべて愛敬するは仁なり。親疎貴賤の品によりて、厚薄浅深あるは義なり。愛敬の二は、善心なり。善を行ふとは、愛敬を行ふなり。是、人倫を親むの道、即ち、天地につかへ奉る道なり。