人物志 / 八觀
是故,輕諾似烈而寡信,
新字:是故,軽諾似烈而寡信,
書き下し
是の故に、軽諾は烈に似て信寡し、
現代語訳
それゆえ、気軽に引き受けることは、一見すると意気盛んで頼もしく見えるが、実は信用が乏しい。
解説
八観の第四「所由」で、似て非なるものを並べる列挙の始まりである。気前よく何でも引き受ける人は、勢いがあって頼もしく見える。しかし約束を軽く引き受ける者は、それを果たさないことも多く、信用は薄い。『老子』第六十三章にも「軽諾は必ず信寡し」とあり、劉劭はこの古い戒めを人物観察の具体例として取り込んだ。九品官人法の時代、評判や第一印象で人が登用されがちだったからこそ、見かけの長所の裏にある短所に目を向ける必要があった。今の職場でも、二つ返事で仕事を受ける人が最後まで責任を果たすとは限らない。引き受けの早さより、これまで約束をどれだけ守ってきたかで人を測るべきだという教えである。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
軽諾信用信義似而非見極め所由
関連する章句
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人物志・八觀多易は能に似て効無く、進鋭は精に似て去ること速やかに、訶者は察に似て事煩はしく、訐施は恵に似て成る無し、
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人物志・八觀故に言を聴き貌を信ずれば、或いは其の真を失ひ、情を詭り反を御すれば、或いは其の賢を失ふ。賢否の察は、実に依る所に在り。是の故に、其の依る所を観て、似類の質、知るべきなり。何をか其の愛敬を観て、以て通塞を知ると謂ふ。
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『慎思録』巻之四快に乗じて軽々しく言ふ者は、必ず理に中ること鮮し。快に乗じて軽々しく諾する者は、信を守ること難し。豈に中心に恥ぢざるべけんや。交はりを択ぶは始めに貴ぶ。交はりを定めて後に択べば、怨悔に勝へざる者多し。苟も交游其の人に非ざれば、恥づべきの甚だしきなり。
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『長短経』知人〔人物志に曰く「軽諾は烈に似て信寡なく、多易は能に似て効無く、進鋭は精に似て去ること速やかに、訶する者は察に似て事煩わしく、施しを許すは恵に似て終わり無く、面従は忠に似て退けば違う。此れ是に似て非なる者なり。亦た非に似て是なる者有り。大権は姦に似て功有り、大智は愚に似て内は明らかに、博愛は虚に似て実は厚く、正言は訐に似て情は忠なり。天下の至精に非ずんば、孰か能く其の実を得んや」と。〕
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人物志・八觀八観とは、一に曰く、其の奪救を観て、以て間雑を明らかにす。二に曰く、其の感変を観て、以て常度を審らかにす。三に曰く、其の志質を観て、以て其の名を知る。四に曰く、其の所由を観て、以て依似を弁ず。五に曰く、其の愛敬を観て、以て通塞を知る。六に曰く、其の情機を観て、以て恕惑を弁ず。
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