人物志 / 體別
柔順安恕,每在寬容,失在少決。
新字:柔順安恕,毎在寛容,失在少決。
書き下し
柔順安恕なるは、每に寬容に在り、失は少決に在り。
現代語訳
柔和で人を思いやる人は、その美点はいつも寛容さにあるが、欠点は決断力に乏しいことにある。
解説
柔和で人を思いやる人は、その寛容さで周囲を安心させる一方、いざという場面で決めきれないことがある。人物志はこの対照を淡々と述べる。優しさは大切な美点だが、決断を先延ばしにし続ければ、かえって周囲を困らせてしまう。思いやりを保ちながらも、決めるべき場面ではきちんと決める姿勢が、寛容さの価値を損なわずに済む道である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
柔順寛容決断力
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