人物志 / 英雄
必聰能謀始,明能見機,膽能決之,然後可以為英
新字:必聰能謀始,明能見機,胆能決之,然後可以為英
書き下し
必ず聡は始めを謀るに能く、明は機を見るに能く、胆は之を決するに能くして、然る後に以て英と為す可し。
現代語訳
聡は物事の始まりを構想でき、明は機微を見抜くことができ、胆はそれを決断することができる。この三つが揃って初めて「英」と呼べるのである。
解説
物事の始まりを構想する力、機微を見抜く洞察力、そして決断する力。この三つが揃って初めて「英」と呼べるという条件は、単なる頭の良さでは足りないことを示している。アイデアを思いつくだけの人、状況を読むだけの人、決めるだけの人はそれぞれ多いが、三つを併せ持つのは稀である。自分の判断や計画のどこが弱いのか、この三段階に分けて点検してみる価値がある。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
構想力洞察力決断力
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