韓非子 / 亡徵第十五
緩心而無成、柔茹而寡斷、好惡無決而無所定立者、可亡也。
新字:緩心而無成、柔茹而寡断、好悪無決而無所定立者、可亡也。
書き下し
緩心にして成る無く、柔茹にして斷寡く、好惡決する無くして、定立する所無き者は、亡ぶ可きなり。
現代語訳
気が緩んでいて何も成し遂げられず、優柔不断で決断力に乏しく、好き嫌い(の方針)もはっきりせず、定まった方針(ビジョン)がない者は、滅亡するだろう。
解説
気持ちがだらけていて何一つ成し遂げられず、優柔不断で物事を決めきれず、好きか嫌いかさえはっきりさせず、これと定めた進む道も示せない。そのような人の上に立つ者は滅びると韓非は言います。親であれ、職場の上司であれ、町内のまとめ役であれ、人を導く立場にある者が「どちらでもいい」「まあ様子を見よう」ばかりを繰り返していると、周りの人は何を頼りにすればよいか分からなくなります。子育てでも、叱るときと許すときの境目がふらふらしていると、子供は何が正しいのか学べません。決断には間違う怖さが伴いますが、それでも「今回はこうする」と旗を立てて示すことが、人をまとめる者の務めです。迷いを見せ続けるほど、周りは不安になり、やがて誰もついてこなくなってしまいます。
この章句が説くこと
決断力優柔不断ビジョンリーダーシップ方針
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史記 趙世家主父初め長子章を以て太子と為す。後に呉娃を得て、之を愛し、為に出でざること数歳。子何を生む。乃ち太子章を廃して何を立てて王と為す。呉娃死し、愛弛み、故の太子を憐み、両つながら之を王とせんと欲し、猶予して未だ決せず。故に乱起こり、以て父子倶に死し、天下の笑ひと為るに至る。豈に痛ましからずや。(主父死して恵文王立つ立つ)五年、燕に鄚・易を与ふ。八年、南行唐に城く。九年、趙梁将として、斉と軍を合して韓を攻め、魯関の下に至る。十年に及び、秦自ら置きて西帝と為る。十一年、董叔、魏氏と宋を伐ち、河陽を魏に得たり。秦保陽を取る。十二年、趙梁将として斉を攻む。十三年、韓徐将と為りて、斉を攻む。公主死す。十四年、相国楽毅、趙・秦・韓・魏・燕に将として斉を攻め、霊丘を取る。秦と中陽に会す。十五年、燕の昭王来り見ゆ。趙、韓・魏・秦と共に斉を撃つ。斉王敗走し、燕独り深く入り、臨菑を取る。十六年、秦復た趙と数々斉を撃つ。斉人之を患ふ。蘇厲斉の為に趙王に書を遺りて曰く、臣聞く、古の賢君は、其の徳行海内に布くに非ず、教順民人に洽きに非ず、祭祀時享鬼神に数常なるに非ず。甘露降り、時雨至り、年穀豊孰し、民疾疫せず、衆人之を善しとす。然れども賢主は之を図る。今足下の賢行功力は、数々秦に加ふるに非ず。怨毒積怒は、素より斉に深きに非ず。秦・趙与国となり、彊を以て兵を韓に徴す。秦誠に趙を愛するか。其れ実に斉を憎むか。物の甚だしき者は、賢主之を察す。秦は趙を愛して斉を憎むに非ず、韓を亡ぼして二周を呑まんと欲す。故に斉を以て天下を餤らはす。事の合はざらんことを恐る、故に兵を出だして以て魏・趙を劫かす。天下の己を畏れんことを恐る、故に質を出だして以て信と為す。天下の亟かに反かんことを恐る、故に兵を韓に徴して以て之を威す。
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『韓非子』外儲説右上第三十四能く独断する者は、故に以て天下の主と為る可し」と。三。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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