人物志 / 材理
抗厲之人,不能迴撓;論法直則括處而公正,說變通則否戾而不入。
新字:抗厲之人,不能迴撓;論法直則括処而公正,説変通則否戻而不入。
書き下し
抗厲の人は、迴撓する能わず。法直を論ずれば則ち括処にして公正なるも、変通を説けば則ち否戾して入らず。
現代語訳
気性が激しく妥協を知らない人は、柔軟に身を翻すことができない。原理原則を論じさせれば、要点を押さえて公正であるが、臨機応変な対応について説けば、かたくなに拒んで受け入れようとしない。
解説
筋を曲げない強さを持つ人ほど、状況に応じて対応を変えることを苦手とする、という指摘である。ルールや正論を語らせれば頼もしいが、例外を認めたり妥協点を探ったりする場面になると、途端に頑なになってしまう人は少なくない。その強さは公正さの土台であると同時に、柔軟さを奪う要因にもなっている。一貫性を重んじる姿勢そのものは否定すべきものではなく、それがどんな場面で強みになり、どんな場面で足かせになるかを見極めることが大切になる。
この章句が説くこと
原理原則柔軟性の欠如一貫性の代償
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