伝習録 / 黄以方録
先生曰:「諸公在此,務要立個必為聖人之心。時時刻刻,須是一棒一條痕、一摑一拳血,方能聽吾說話,句句得力。若茫茫蕩蕩度日,譬如一塊死肉,打也不知得痛癢;恐終不濟事,回家只尋得舊時伎倆而已,豈不惜哉?」
新字:先生曰:「諸公在此,務要立個必為聖人之心。時時刻刻,須是一棒一条痕、一摑一拳血,方能聴吾説話,句句得力。若茫茫蕩蕩度日,譬如一塊死肉,打也不知得痛癢;恐終不済事,回家只尋得旧時伎倆而已,豈不惜哉?」
書き下し
先生曰く、「諸公、此に在り。務めて個の必ず聖人為らんとするの心を立てんことを要す。時時刻刻、須らく是れ一棒に一条の痕、一摑に一拳の血なるべく、方に能く吾が説話を聴きて、句句、力を得ん。若し茫茫蕩蕩として日を度らば、譬えば一塊の死肉の如し。打つも也(また)痛痒を知り得ず。恐らくは終に事を済(な)さず。家に回れば只だ旧時の伎倆を尋ね得るのみ。豈に惜しからずや」と。
現代語訳
先生は言われた。「諸君はここにいる。必ず聖人になろうという心を立てよ。常に、一打ちに一筋の痕、一握りに一拳の血、というほどでなければ、私の話を聴いても一句一句が力にならない。もし漠然と日を過ごせば、一塊の死んだ肉のようだ。打っても痛みも痒みも分からない。結局、事を成せない。家に帰れば、昔の手癖を探すだけだ。惜しいことではないか」。
解説
何かを学ぶとき、ただ漠然と聞き流すだけでは、心に響きません。「一打ちに一筋の痕、一握りに一拳の血」という表現は、一つ一つの言葉や経験に真剣に向き合い、それが自分にとってどのような意味を持つのか、痛みを伴うほど深く感じ取る姿勢の重要性を示しています。表面的な理解で終わらせず、自分の血肉となるまで深く掘り下げてこそ、学びは力となり、日々の行動や判断に生きてくるでしょう。漫然と過ごすのではなく、常に「自分ごと」として捉える意識が、成長への鍵となります。
この章句が説くこと
須是一棒一条痕一摑一拳血方能聴吾説話句句得力学問本質
関連する章句
-
論語・為政篇子曰く、異端を攻むるは、斯れ害のみ。
-
人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
-
言志四録・言志後録 第百五十条 武事は武芸に在らず武事は専ら武芸に在らず。文学は必ずしも文籍に在らず。
-
『益軒家訓』幼児須教一学問の大綱は、大学の経の文、朱子の学規を以て法則とす。必天地聖人の道に背きて、仏氏の教に従ふべからず。若仏氏に従ふ者あらば、父祖の遺訓に背き、不孝の罪に陥るのみならず、天地神明の道に背く。故に天地神明の罪人なるべし。天道は至公にして、其咎なしといへども、恐るべき事なり。但不仁は天の責を身にうけ、子孫に報ふ事影響の如し、畏るべき事の甚しきなり。
-
うひ山ぶみ・本文上ノ件ところどころ、圏の内に、かたかなをもてしるししたるは、いはゆる相じるしにて、その件リ々にいへることの、然る子細を、又奥に別にくはしく論ひさとしたるを、そこはこゝと、たづねとめて、しらしめん料のしるし也、世に物まなびのすぢしなじな有て云々、物学とは、皇朝の学問をいふ、そもそもむかしより、たゞ学問とのみいへば、漢学のことなる故に、その学と分むために、皇国の事の学をば、和学或は国学などいふならひなれども、そはいたくわろきいひざま也、みづからの国のことなれば、皇国の学をこそ、たゞ学問とはいひて、漢学をこそ、分て漢学といふべきことなれ、それももし漢学のこととまじへいひて、まぎるゝところにては、皇朝学などはいひもすべきを、うちまかせてつねに、和学国学などいふは、皇国を外にしたるいひやう也、もろこし朝鮮於蘭陀などの異国よりこそ、さやうにもいふべきことなれ、みづから吾国のことを、然いふべきよしなし、すべてもろこしは、外の国にて、かの国の事は、何事もみな外の国の事なれば、
-
『慎思録』巻之五好んで道学の名を立て、辺幅を修め色荘を務め、美誉を貪り掠むる者は、真知実行に志無し。此れ論ずるに足らずと為す。実に斯の学に志有りと雖も、復た但だ専ら文義を治め典籍に耽りて、終身義理に通暁すること能はざる者は、自ら以て道学を好むと為すと雖も、便ち是れ訓詁の学のみ。且つ曲士の如きは、道を信ずと雖も、然れども拘泥して理に達すること能はず。此れ皆君子の学と為すに足らざるなり。曲士とは是れ偏僻にして理に達せざる者なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る