人物志 / 釋爭
凡此數者,皆道之奇,物之變也。三變而後得之,故人末能遠也。夫唯知道通變者,然後能處之。是故,孟之反以不伐獲聖人之譽,管叔以辭賞受嘉重之賜;夫豈詭遇以求之哉?乃純德自然之所合也。彼
新字:凡此数者,皆道之奇,物之変也。三変而後得之,故人末能遠也。夫唯知道通変者,然後能処之。是故,孟之反以不伐獲聖人之誉,管叔以辞賞受嘉重之賜;夫豈詭遇以求之哉?乃純徳自然之所合也。彼
書き下し
凡そ此の数者は、皆道の奇、物の変なり。三変して後に之を得。故に人末(いま)だ能く遠からざるなり。夫れ唯だ道を知り変に通ずる者のみ、然る後に能く之に処る。是の故に、孟之反は伐らざるを以て聖人の誉れを獲、管叔は賞を辞するを以て嘉重の賜を受く。夫れ豈に詭遇して以て之を求めんや。乃ち純徳自然の合ふ所なり。彼の
現代語訳
およそこれらのいくつかの段階は、みな道の不思議さであり、物事の変化である。三度変化してはじめてそこに到達する。だから人はまだ遠くまで到達できないのである。ただ道を知り変化に通じた者だけが、はじめてそこに身を置くことができる。それゆえ、孟之反(春秋時代の魯の大夫)は手柄を誇らなかったことで聖人(孔子)の称賛を得、管叔は賞を辞退したことで手厚い賜り物を受けた。どうして彼らが策をめぐらしてそれを求めたことがあろうか。そうではなく、純粋な徳が自然に報いと合致したのである。あの、
解説
「釈争」で、三等の最上に至る難しさと、その実例を述べる一節である。直前で劉劭は、自分に甘く人に厳しい、自分にも人にも厳しい、自分に厳しく人に寛容、という三等も挙げている。こうした段階は三度変化してはじめて到達できるので、多くの人はそこまで届かない。例として挙げられる孟之反は、魯が斉に敗れたとき、しんがりを務めながら「馬が進まなかっただけだ」と言って功を誇らず、『論語』雍也篇で孔子に称えられた人物である。劉劭は、こうした人々が誉れや賞を得たのは策略によるのではなく、純粋な徳が自然に報われた結果だと強調する。謙虚さを評価を得る手段として演じても、それは見抜かれる。誇らない姿勢が本物であるときに、はじめて周りの信頼がついてくる。
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