人物志 / 釋爭
爭雋未別,則用力者為憊矣。是故,藺相如以迴車決勝於廉頗,寇恂以不鬥取賢於賈復。物勢之反,乃君子所謂道也。是故,
新字:争雋未別,則用力者為憊矣。是故,藺相如以迴車決勝於廉頗,寇恂以不鬥取賢於賈復。物勢之反,乃君子所謂道也。是故,
書き下し
雋を争ひて未だ別れざれば、則ち力を用ふる者憊ると為る。是の故に、藺相如は車を迴らすを以て勝ちを廉頗に決し、寇恂は闘はざるを以て賢を賈復に取る。物勢の反は、乃ち君子の所謂道なり。是の故に、
現代語訳
優劣を争ってまだ決着がつかないとき、力ずくで争う者は疲れ果てることになる。それゆえ、藺相如(戦国時代の趙の宰相)は車を引き返して道を譲ることで、廉頗(趙の将軍)に対して勝ちを決め、寇恂(後漢の光武帝の臣)は争わないことで、賈復(光武帝の将軍)よりも賢いと認められた。物事の勢いが反転すること、それこそが君子の言う道である。それゆえ、
解説
「釈争」で、譲ることが結果的に勝つことになる実例を挙げる一節である。趙の藺相如は、将軍廉頗が自分を侮辱しようとしていると知ると、車を引き返して会うのを避けた。国の二人が争えば秦を利するからで、これを知った廉頗は恥じて謝罪し、刎頸の交わりを結んだ。後漢の寇恂も、部下を処刑されて恨む賈復と争わず、光武帝の仲裁で和解して賢者と称えられた。直前には「両賢未だ別れざれば、則ち能く譲る者を雋と為す」とあり、力で争う者は疲れるだけだと述べる。『老子』の反の思想を思わせる「物勢の反」という言葉に、劉劭の処世観が凝縮されている。力が拮抗した相手と張り合うより、一歩引くことで評価が逆転することは、今の職場でも起こりうる。
関連する章句
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『長短経』是非〔非に曰く〕人物志に曰く「君子は自ら損するの益たるを知る。故に功一にして美二なり。小人は自ら益するの損たるを知らず。故に伐ること一にして並びに失う。此に由りて之を観れば、則ち伐らざる者は之を伐つなり、争わざる者は之を争うなり、敵に譲る者は之に勝つなり。是の故に、卻至は人に上たりて、抑えらるること下ること滋いよ甚だし。王叔は争いを好みて、出奔に終わる。藺相如は車を迴らすを以て廉頗に勝を取り、寇恂は闘わざるを以て賈復に賢を取る。物勢の反は、乃ち君子の所謂道なり」と。
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人物志・釋爭其の終極に及びては、乃ち禍を転じて福と為し、讎を屈して友と為す。怨讎をして後嗣に延ばさず、而して美名無窮に宣べしむ。君子の道、豈に裕かならずや。且つ
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人物志・釋爭両賢未だ別たざれば、則ち能く讓る者を雋と為す。
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人物志・釋爭伐らざる者は之を伐つなり、争わざる者は之を争うなり。敵に讓る者は之に勝つなり、衆に下る者は之に上るなり。
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人物志・釋爭是の故に、轡を並べて先を争ひて相奪ふこと能はず、両つながら頓き倶に折れて後なる者の趨く所と為る。是に由りて之を論ずれば、争譲の途、其の別明らかなり。然るに勝を好むの人は、猶ほ然らずと謂ひ、前に在るを以て速鋭と為し、後に処るを以て留滞と為し、衆に下るを以て卑屈と為し、等を躡むを以て異傑と為し、敵に譲るを以て迴辱と為し、上を陵ぐを以て高厲と為す。是の故に、抗奮して遂に往き、自ら反ること能はざるなり。夫れ抗を以て賢に遇へば必ず遜下せられ、抗を以て暴に遇へば必ず敵難を搆ふ。敵難既に搆ふれば、則ち是非の理必ず溷りて明らかにし難し。溷りて明らかにし難ければ則ち其の自ら毀るとは何を以て異ならんや。且つ人の己を毀るは、皆怨憾に発して、変は舋に生ずるなり。必ず事に依託して端末を飾り成す。其の聴く者に於けるや、尽くは信ぜずと雖も、猶ほ半ばは以て然りと為すなり。己の校報も、亦た又之の如し。終に其の帰する所は、亦た各々半信の遠近に著はるる有るなり。然らば則ち、
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人物志・釋爭是の故に、舜は徳に譲りて顕義登聞し、湯は降ること遅からずして聖敬日に躋る。隙至は人に上りて抑下滋々甚だしく、王叔は争ひを好みて終に出奔す。然らば則ち
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