長短経 / 是非
《人物志曰、“君子知自損之為益、故功一而美二、小人不知自益之為損、故伐一而並失。由此觀之、則不伐者、伐之也、不爭者、爭之也、讓敵者、勝之也。是故、卻至上人、而抑下滋甚、王叔好爭、而終於出奔、藺相如以迴車取勝於亷頗、冦恂以不鬬取賢于賈復。物勢之反、乃君子所謂道也。”〔是曰〕
新字:《人物志曰、“君子知自損之為益、故功一而美二、小人不知自益之為損、故伐一而並失。由此観之、則不伐者、伐之也、不争者、争之也、譲敵者、勝之也。是故、却至上人、而抑下滋甚、王叔好争、而終於出奔、藺相如以迴車取勝於廉頗、寇恂以不闘取賢于賈復。物勢之反、乃君子所謂道也。”〔是曰〕
書き下し
〔非に曰く〕人物志に曰く「君子は自ら損するの益たるを知る。故に功一にして美二なり。小人は自ら益するの損たるを知らず。故に伐ること一にして並びに失う。此に由りて之を観れば、則ち伐らざる者は之を伐つなり、争わざる者は之を争うなり、敵に譲る者は之に勝つなり。是の故に、卻至は人に上たりて、抑えらるること下ること滋いよ甚だし。王叔は争いを好みて、出奔に終わる。藺相如は車を迴らすを以て廉頗に勝を取り、寇恂は闘わざるを以て賈復に賢を取る。物勢の反は、乃ち君子の所謂道なり」と。
現代語訳
〔非の側。〕人物志にこうある。「君子は自分を減らすことが増やすことだと知っている。だから功績は一つでも美点は二つになる。小人は自分を増やすことが減らすことだと知らない。だから誇るのは一つでも両方を失う。ここから見れば、誇らないことが誇ることであり、争わないことが争うことであり、敵に譲ることが勝つことである。だから卻至は人の上に立とうとして、抑えられることがいよいよひどくなった。王叔は争いを好んで、亡命に終わった。藺相如は車を引き返すことで廉頗に勝ち、寇恂は戦わないことで賈復より賢いとされた。物事の勢いが反転すること、これが君子のいう道である」。
解説
自分を減らすことが増やすことになる、という逆説です。功績が一つでも美点が二つになるという言い方が具体的で、成果に加えて謙譲という美点が付く。藺相如が廉頗を避けて車を引き返した話も、寇恂が賈復と戦わなかった話も、退いたほうが評価を得ました。ただしこれは、退く前に実力を示していた人にだけ効きます。何もしていない人の譲歩は、ただの不在です。
この章句が説くこと
是非人物志自損為益藺相如寇恂譲る
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