人物志 / 釋爭
是故,並轡爭先而不能相奪,兩頓俱折而為後者所趨。由是論之,爭讓之途,其別明矣。然好勝之人,猶謂不然,以在前為速銳,以處後為留滯,以下眾為卑屈,以躡等為異傑,以讓敵為迴辱,以陵上為高厲。是故,抗奮遂往,不能自反也。夫以抗遇賢必見遜下,以抗遇暴必搆敵難。敵難既搆,則是非之理必溷而難明;溷而難明則其與自毀何以異哉?且人之毀己,皆發怨憾,而變生舋也:必依託於事飾成端末;其於聽者,雖不盡信,猶半以為然也。己之校報,亦又如之。終其所歸,亦各有半信著於遠近也。然則,
新字:是故,並轡争先而不能相奪,両頓倶折而為後者所趨。由是論之,争譲之途,其別明矣。然好勝之人,猶謂不然,以在前為速鋭,以処後為留滞,以下衆為卑屈,以躡等為異傑,以譲敵為迴辱,以陵上為高厲。是故,抗奮遂往,不能自反也。夫以抗遇賢必見遜下,以抗遇暴必搆敵難。敵難既搆,則是非之理必溷而難明;溷而難明則其与自毀何以異哉?且人之毀己,皆発怨憾,而変生舋也:必依託於事飾成端末;其於聴者,雖不尽信,猶半以為然也。己之校報,亦又如之。終其所帰,亦各有半信著於遠近也。然則,
書き下し
是の故に、轡を並べて先を争ひて相奪ふこと能はず、両つながら頓き倶に折れて後なる者の趨く所と為る。是に由りて之を論ずれば、争譲の途、其の別明らかなり。然るに勝を好むの人は、猶ほ然らずと謂ひ、前に在るを以て速鋭と為し、後に処るを以て留滞と為し、衆に下るを以て卑屈と為し、等を躡むを以て異傑と為し、敵に譲るを以て迴辱と為し、上を陵ぐを以て高厲と為す。是の故に、抗奮して遂に往き、自ら反ること能はざるなり。夫れ抗を以て賢に遇へば必ず遜下せられ、抗を以て暴に遇へば必ず敵難を搆ふ。敵難既に搆ふれば、則ち是非の理必ず溷りて明らかにし難し。溷りて明らかにし難ければ則ち其の自ら毀るとは何を以て異ならんや。且つ人の己を毀るは、皆怨憾に発して、変は舋に生ずるなり。必ず事に依託して端末を飾り成す。其の聴く者に於けるや、尽くは信ぜずと雖も、猶ほ半ばは以て然りと為すなり。己の校報も、亦た又之の如し。終に其の帰する所は、亦た各々半信の遠近に著はるる有るなり。然らば則ち、
現代語訳
それゆえ、馬のくつわを並べて先を争っても互いに抜き去ることはできず、両方ともつまずいて倒れ、後から来た者に追い越されてしまう。ここから論じれば、争う道と譲る道との違いは明らかである。それなのに勝つことを好む人は、なおそうではないと言い、前にいることを素早く鋭いこととし、後ろにいることを停滞とし、人々にへりくだることを卑屈とし、序列を飛び越えることを並外れた傑物のしるしとし、敵に譲ることを屈辱とし、上の者をしのぐことを気高く厳しいこととする。それゆえ、張り合い奮い立ってそのまま突き進み、自分を振り返ることができない。そもそも張り合う態度で賢者に出会えば、必ず相手にへりくだられて立場を失い、張り合う態度で乱暴者に出会えば、必ず敵対と争いが生じる。敵対と争いがいったん生じれば、是非の道理は必ず濁ってわかりにくくなる。濁ってわかりにくくなれば、自分で自分を傷つけるのと何の違いがあろうか。しかも人が自分を悪く言うのは、みな怨みから発し、争いはすき間から生じる。必ず何かの事柄にかこつけて、話の始めと終わりをこしらえ上げる。それを聴く者は、すべては信じないとしても、半分はそのとおりだと思う。自分が言い返すのも、またこれと同じである。その行き着くところ、それぞれの言い分が半分ずつ信じられて、遠くにも近くにも広まってしまう。そうであるなら、
解説
関連する章句
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人物志・釋爭惑繆為ること豈に甚だしからずや。然れども其の由る所を原ぬるに、豈に躬自ら厚く責めて以て変訟を致す者有らんや。皆内恕足らずして、外望已まざるに由る。或いは彼の我を軽んずるを怨み、或いは彼の己に勝るを疾む。夫れ我薄くして彼之を軽んずるは、則ち我曲にして彼直なるに由るなり。我賢にして彼知らざるは、則ち軽んぜらるるも我が咎に非ざるなり。
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人物志・釋爭気を交えて疾く争う者は、口を易えて自ら毀るを為すなり。辞を並べて説を競う者は、手を貸して以て自ら毆つを為すなり。
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人物志・釋爭若し徳鈞しくして彼我に先んずれば、則ち我が徳の近次なればなり。夫れ何ぞ怨まんや。且つ
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人物志・釋爭伐らざる者は之を伐つなり、争わざる者は之を争うなり。敵に讓る者は之に勝つなり、衆に下る者は之に上るなり。
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人物志・釋爭此に由りて之を論ずれば、則ち
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人物志・釋爭卑讓降下は、茂進の遂ぐる路なり。矜奮侵陵は、毀塞の険しき途なり。
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