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人物志 / 七繆

天下皆富,則清貧者雖苦,必無委頓之憂,且有辭施之高,以獲榮名之利;皆貧,則求假無所告,而有窮乏之患,且生鄙吝之訟。是故:鈞材而進,有與之者,則體益而茂遂;私理卑抑,有累之者,則微降而稍退。而眾人之觀,不理其本,各指其所在,是疑於申壓者也。夫清雅之美,著乎形質,察之寡失;失繆之由,恒在二尤。二尤之生,與物異列:故

新字:天下皆富,則清貧者雖苦,必無委頓之憂,且有辞施之高,以獲栄名之利;皆貧,則求仮無所告,而有窮乏之患,且生鄙吝之訟。是故:鈞材而進,有与之者,則体益而茂遂;私理卑抑,有累之者,則微降而稍退。而衆人之観,不理其本,各指其所在,是疑於申圧者也。夫清雅之美,著乎形質,察之寡失;失繆之由,恒在二尤。二尤之生,与物異列:故

書き下し

天下皆富めば、則ち清貧の者は苦しむと雖も、必ず委頓の憂ひ無く、且つ施しを辞するの高有り、以て栄名の利を獲。皆貧しければ、則ち仮るを求むるも告ぐる所無くして、窮乏の患ひ有り、且つ鄙吝の訟を生ず。是の故に、材を鈞しくして進むに、之に与する者有れば、則ち体益して茂遂し、私理卑抑せられて、之を累はす者有れば、則ち微降して稍く退く。而るに衆人の観は、其の本を理めず、各々其の在る所を指す。是れ申圧に疑ふ者なり。夫れ清雅の美は、形質に著れ、之を察して失寡し。失繆の由は、恒に二尤に在り。二尤の生ずるや、物と列を異にす。故に

現代語訳

天下がみな豊かであれば、清貧の者は苦しくても、決して行き倒れる心配はなく、そのうえ施しを辞退する高潔さを示して、栄誉ある名声という利益を得る。天下がみな貧しければ、借りようにも頼るところがなく、困窮の苦しみがあり、そのうえけちだという非難まで生まれる。それゆえ、同じ才で世に出ても、味方してくれる者があれば、ますます力を増して盛んに伸び、個人の事情で抑えつけられ、足を引っ張る者があれば、少しずつ下がってしだいに退いていく。それなのに多くの人の見方は、その根本を突き詰めず、それぞれ今いる位置を指して評価する。これが境遇の伸び縮みで判断を誤る者である。そもそも清らかで上品な美質は、姿形に表れるので、よく観れば見誤ることは少ない。見誤りの原因は、いつも二種類の傑出(二尤)にある。二尤が生じるのは、ふつうの物とは並びを異にするからである。だから、

解説

七繆の第六「申圧」の結びと、第七「二尤」の導入である。劉劭は、世の中全体が豊かか貧しいかによっても、同じ清貧の人の評価が逆転すると言う。豊かな世なら施しを辞退する清廉さが称えられ、貧しい世なら借りるあてもなく、けちとまで言われる。同じ才でも、後押しする人がいれば伸び、足を引っ張る人がいれば下がっていく。それを見ずに、今いる地位だけで人を評価するのが「申圧」の誤りである。後半では、清らかな美質は外に表れるので見誤りにくく、本当の見誤りは二尤、つまり真に優れた「尤妙」と、見かけだけの「尤虚」を取り違えるところにあると述べる。役職や肩書きはその人の才の結果とは限らず、時の運や周りの支えによる部分が大きい。

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