人物志 / 七繆
故州閭之士,皆譽皆毀,未可為正也;交遊之人,譽不三周,未必信是也。夫實厚之士,交遊之間,必每所在肩稱;上等援之,下等推之,苟不能周,必有咎毀。故偏上失下,則其終有毀;偏下失上,則其進不傑。故誠能三周,則為國所利,此正直之交也。故皆合而是,亦有違比;皆合而非,或在其中。若有奇異之材,則非眾所見。而耳所聽采,以多為信,是繆於察譽者也。夫愛善疾惡,人情所常;苟不明賢,或疏善善非。何以論之?夫善非者,雖非猶有所是,以其所是,順己所長,則不自覺情通意親,忽忘其惡。
新字:故州閭之士,皆誉皆毀,未可為正也;交遊之人,誉不三周,未必信是也。夫実厚之士,交遊之間,必毎所在肩称;上等援之,下等推之,苟不能周,必有咎毀。故偏上失下,則其終有毀;偏下失上,則其進不傑。故誠能三周,則為国所利,此正直之交也。故皆合而是,亦有違比;皆合而非,或在其中。若有奇異之材,則非衆所見。而耳所聴采,以多為信,是繆於察誉者也。夫愛善疾悪,人情所常;苟不明賢,或疏善善非。何以論之?夫善非者,雖非猶有所是,以其所是,順己所長,則不自覚情通意親,忽忘其悪。
書き下し
故に州閭の士、皆誉め皆毀るも、未だ正と為すべからざるなり。交遊の人、誉むること三周せざれば、未だ必ずしも是を信ぜざるなり。夫れ実厚の士は、交遊の間、必ず在る所毎に肩称せらる。上等は之を援き、下等は之を推す。苟くも周きこと能はざれば、必ず咎毀有り。故に上に偏りて下を失へば、則ち其の終り毀り有り。下に偏りて上を失へば、則ち其の進むこと傑れず。故に誠に能く三周すれば、則ち国の利とする所と為る。此れ正直の交はりなり。故に皆合して是とするも、亦た違比有り。皆合して非とするも、或いは其の中に在り。若し奇異の材有れば、則ち衆の見る所に非ず。而るに耳の聴采する所、多きを以て信と為す。是れ誉を察するに繆る者なり。夫れ善を愛し悪を疾むは、人情の常とする所なり。苟くも賢を明らかにせざれば、或いは善を疏んじ非を善しとす。何を以て之を論ぜん。夫れ非を善しとする者は、非なりと雖も猶ほ是とする所有り。其の是とする所の、己の長ずる所に順ふを以て、則ち自ら情通じ意親しむを覚えずして、忽ち其の悪を忘る。
現代語訳
だから、同じ郷里の人々が皆そろって褒めたり、皆そろって貶したりしても、それをそのまま正しいとすることはできない。付き合いのある人々の間で、褒め言葉が上・同輩・下の三方面に行きわたっていなければ、必ずしもその人が優れていると信じることはできない。そもそも中身の厚い人物は、交友の間で、どこにいても肩を並べて称えられる。上の者は引き立て、下の者は推し立てる。もし三方面に行きわたらなければ、必ずどこかでとがめや悪口がある。だから、上に偏って下の支持を失えば、最後には悪く言われ、下に偏って上の支持を失えば、出世してもぱっとしない。だから本当に三方面に行きわたっていれば、国の利益となる人物である。これが正しくまっすぐな交わりである。だから、皆がそろって良いと言っても、実は道に背いて徒党を組んでいる場合があり、皆がそろって悪いと言っても、優れた人がその中にいる場合がある。まして並外れた才の持ち主であれば、大勢の目には見えないものである。それなのに、耳で聞き集めたことについて、多いものを信じる。これが評判を調べることで誤る者である。そもそも善を愛し悪を憎むのは、人の情の常である。しかしもし賢さを見極められなければ、善い人を遠ざけ、悪い人を善しとしてしまうことがある。どうしてそう言えるのか。そもそも悪い人を善しとする者の場合、その相手は悪い人であっても、なお良いところがある。その良いところが自分の長所と合致するので、知らず知らずのうちに心が通じ親しみを覚え、たちまちその悪を忘れてしまう。
解説
関連する章句
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人物志・七繆七繆とは、一に曰く、誉を察するに偏頗の繆有り。二に曰く、物に接するに愛悪の惑有り。三に曰く、心を度るに大小の誤有り。四に曰く、質を品するに早晩の疑有り。五に曰く、類を変ずるに同体の嫌有り。六に曰く、材を論ずるに申圧の詭有り。七に曰く、奇を観るに二尤の失有り。夫れ采訪の要は、多少に在らず。然れども徴質明らかならざる者は、耳を信じて敢へて目を信ぜず。故に人以て是と為せば、則ち心随ひて之を明とし、人以て非と為せば、則ち意転じて之に化す。嫌ふ所無しと雖も、意疑はざるが若し。且つ人の物を察するや、亦た自ら誤り有り。愛憎之を兼ね、其の情万原なり。其の本を暢べずんば、胡ぞ必ず信ずべけんや。是の故に、
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人物志・七繆其の乏しき所を以て、己の長を明らかにせず、其の長ずる所を以て、己の短き所を軽んずれば、則ち自ら志乖き気違ふを知らずして、忽ち其の善を忘る。是れ愛悪に惑ふ者なり。夫れ
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人物志・七繆名利の路は、是得に在り。損害の源は、非失に在り。故に人は賢愚と無く、皆是得をして己に在らしめんと欲す。能く己の是を明らかにするは、同体に過ぐるは莫し。是を以て偏材の人は、交遊進趨の類、皆同体を親愛して之を誉め、対反を憎悪して之を毀り、異雑を序して尚ばざるなり。推して之を論ずれば、他の故無し。夫れ同体を誉め、対反を毀るは、彼の非を証して己の是を著す所以なり。異雑の人に至りては、彼に於いて益無く、己に於いて害無ければ、則ち序して尚ばず。是の故に、
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人物志・七繆同体の人は、常に過誉に患い、其の名敵するに及びては、則ち尟かに能く相下る。
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人物志・七繆天下皆富めば、則ち清貧の者は苦しむと雖も、必ず委頓の憂ひ無く、且つ施しを辞するの高有り、以て栄名の利を獲。皆貧しければ、則ち仮るを求むるも告ぐる所無くして、窮乏の患ひ有り、且つ鄙吝の訟を生ず。是の故に、材を鈞しくして進むに、之に与する者有れば、則ち体益して茂遂し、私理卑抑せられて、之を累はす者有れば、則ち微降して稍く退く。而るに衆人の観は、其の本を理めず、各々其の在る所を指す。是れ申圧に疑ふ者なり。夫れ清雅の美は、形質に著れ、之を察して失寡し。失繆の由は、恒に二尤に在り。二尤の生ずるや、物と列を異にす。故に
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人物志・七繆是の故に、直者は性奮ひ、人の直を人に行ふを好めども、人の訐きを受くること能はず。尽者は情露はれ、人の尽くすを人に行ふを好めども、人の径を納るること能はず。名を務むる者は人の進趨の人に過ぐるを楽しめども、己を陵ぐものの後に出づること能はず。是の故に、性同じくして材傾けば、則ち相援けて相頼るなり。性同じくして勢均しければ、則ち相競ひて相害ふなり。此れ又同体の変なり。故に或いは直を助けて直を毀り、或いは明に与して明を毀る。而るに衆人の察は、其の律理を弁ぜず。是れ体同に嫌ふ者なり。夫れ人の処る所は勢を異にし、勢に申圧有り。
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