人物志 / 材能
凡此之能,皆偏材之人也。故或能言而不能行,或能行而不能言;至於國體之人,能言能行,故為眾材之雋也。人君之能異於此:
新字:凡此之能,皆偏材之人也。故或能言而不能行,或能行而不能言;至於国体之人,能言能行,故為衆材之雋也。人君之能異於此:
書き下し
凡そ此の能は、皆偏材の人なり。故に或いは能く言ひて行ふこと能はず、或いは能く行ひて言ふこと能はず。国体の人に至りては、能く言ひ能く行ふ、故に衆材の雋たり。人君の能は此に異なる。
現代語訳
およそこれらの能力は、みな偏った才の人のものである。だからある者は言うことはできても行うことができず、ある者は行うことはできても言うことができない。国体の人に至っては、言うこともでき行うこともできるので、多くの才の中で最もすぐれた者となる。君主の能力はこれとは異なる。
解説
材能篇の結論部で、臣下の才の頂点と君主の能力の違いを示す。これまで挙げた能はすべて偏材のもので、言うことはできても行えない者、行えても言えない者がいる。三材を兼ねた国体の人は、言うことも行うこともでき、衆材の中で最も優れる。しかし劉劭は、君主の能はこれとは異なると言い、この後、臣は自ら任に当たることを能とし、君は人を用いることを能とする、臣は言うことを能とし、君は聴くことを能とする、と続ける。どれほど優れた実務家でも、その延長に経営者の能力があるわけではない。自分でできることより、人に任せ、聴き、賞罰を正しく行うことが上に立つ者の能だと教えている。
関連する章句
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人物志・材能故に臣は自ら任ずるを以て能と為し、君は人を用うるを以て能と為す。臣は能く言うを以て能と為し、君は能く聴くを以て能と為す。臣は能く行うを以て能と為し、君は能く賞罰するを以て能と為す。能とする所同じからず、故に能く衆材に君たるなり。
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人物志・材能夫れ人材同じからず、能は各異なる有り。自任の能有り、立法使人の能有り、消息弁護の能有り、徳教を以て人に師たるの能、行事使人譴譲の能有り、司察糾摘の能有り、権奇の能有り、威猛の能有り。夫れ能は材より出で、材は量を同じくせず。材能既に殊なれば、政に任ずるも亦異なる。是の故に、自任の能は、清節の材なり、故に朝に在りては、則ち冢宰の任、国の為にしては、則ち矯直の政なり。立法の能は、治家の材なり、故に朝に在りては、則ち司寇の任、国の為にしては、則ち公正の政なり。計策の能は、術家の材なり、故に朝に在りては、則ち三孤の任、国の為にしては、則ち変化の政なり。人事の能は、智意の材なり、故に朝に在りては、則ち冢宰の佐、国の為にしては、則ち諧合の政なり。行事の能は、譴譲の材なり、故に朝に在りては、則ち司寇の佐、国の為にしては、則ち督責の政なり。権奇の能は、伎倆の材なり、故に朝に在りては、則ち司空の任、国の為にしては、則ち芸事の政なり。司察の能は、臧否の材なり、故に朝に在りては、則ち師氏の佐、国の為にしては、則ち刻削の政なり。威猛の能は、豪傑の材なり、故に朝に在りては、則ち将帥の任、国の為にしては、則ち厳厲の政なり。
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人物志・材能凡そ偏材の人は、皆一味の美なり。故に一官を辦ずるに長じて、一国を為むるに短なり。何となれば、
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人物志・材能或ひと曰く、「人材に大を能くして小を能くせざる有り、猶ほ函牛の鼎は以て雞を烹るべからざるがごとし」と。愚以為へらく此れ名に非ざるなり。夫れ能の言為る、已定の称なり。豈に大を能くして小を能くせざる有らんや。凡そ所謂大を能くして小を能くせずとは、其の語は性に寛急有るに出づ。性に寛急有り、故に宜しく大小有るべし。
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人物志・材能人材は各々宜しき所有り、独り大小の謂いのみに非ざるなり。
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人物志・流業凡そ此の十二材は、皆人臣の任なり。
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