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人物志 / 材理

人亦以其方思之故,不了己意,則以為不解。人情莫不諱不解,諱不解則怒構矣。凡此六構,變之所由興矣。然雖有變構,猶有所得;若說而不難,各陳所見,則莫知所由矣。由此論之,談而定理者眇矣。必也:聰能聽序,思能造端,明能見機,辭能辯意,捷能攝失,守能待攻,攻能奪守,奪能易予。兼此八者,然後乃能通於天下之理,通於天下之理,則能通人矣。不能兼有八美,適有一能,則所達者偏,而所有異目矣。是故:聰能聽序,謂之名物之材。思能造端,謂之構架之材。明能見機,謂之達識之材。辭能辯意,謂之贍給之材。捷能攝失,謂之權捷之材。守能待攻,謂之持論之材。攻能奪守,謂之推徹之材。奪能易予,謂之貿說之材。通材之人,既兼此八材,行之以道,與通人言,則同解而心喻;與眾人之言,則察色而順性。雖明包眾理,不以尚人;聰叡資給,不以先人。善言出己,理足則止;鄙誤在人,過而不迫。寫人之所懷,扶人之所能。不以事類犯人之所婟,不以言例及己之所長。說直說變,無所畏惡。采蟲聲之善音,贊愚人之偶得。奪與有宜,去就不留。方其盛氣,折謝不吝;方其勝難,勝而不矜;心平志諭,無士無莫,期於得道而已矣,是可與論經世而理物也。

新字:人亦以其方思之故,不了己意,則以為不解。人情莫不諱不解,諱不解則怒構矣。凡此六構,変之所由興矣。然雖有変構,猶有所得;若説而不難,各陳所見,則莫知所由矣。由此論之,談而定理者眇矣。必也:聰能聴序,思能造端,明能見機,辞能弁意,捷能摂失,守能待攻,攻能奪守,奪能易予。兼此八者,然後乃能通於天下之理,通於天下之理,則能通人矣。不能兼有八美,適有一能,則所達者偏,而所有異目矣。是故:聰能聴序,謂之名物之材。思能造端,謂之構架之材。明能見機,謂之達識之材。辞能弁意,謂之贍給之材。捷能摂失,謂之権捷之材。守能待攻,謂之持論之材。攻能奪守,謂之推徹之材。奪能易予,謂之貿説之材。通材之人,既兼此八材,行之以道,与通人言,則同解而心喩;与衆人之言,則察色而順性。雖明包衆理,不以尚人;聰叡資給,不以先人。善言出己,理足則止;鄙誤在人,過而不迫。写人之所懐,扶人之所能。不以事類犯人之所婟,不以言例及己之所長。説直説変,無所畏悪。采虫声之善音,賛愚人之偶得。奪与有宜,去就不留。方其盛気,折謝不吝;方其勝難,勝而不矜;心平志諭,無士無莫,期於得道而已矣,是可与論経世而理物也。

書き下し

人も亦其の方に思ふの故を以て、己が意を了せざれば、則ち以て解せずと為す。人情は解せざるを諱まざるは莫し、解せざるを諱めば則ち怒構す。凡そ此の六構は、変の由りて興る所なり。然れども変構有りと雖も、猶ほ得る所有り。若し説きて難ぜず、各見る所を陳ぶれば、則ち由る所を知る莫し。此に由りて之を論ずれば、談じて理を定むる者は眇なり。必ずや、聡は能く序を聴き、思は能く端を造り、明は能く機を見、辞は能く意を弁じ、捷は能く失を摂り、守は能く攻を待ち、攻は能く守を奪ひ、奪は能く予を易ふ。此の八者を兼ねて、然る後に乃ち能く天下の理に通ず。天下の理に通ずれば、則ち能く人に通ず。八美を兼有すること能はず、適々一能有れば、則ち達する所偏にして、有する所目を異にす。是の故に、聡能く序を聴く、之を名物の材と謂ふ。思能く端を造る、之を構架の材と謂ふ。明能く機を見る、之を達識の材と謂ふ。辞能く意を弁ず、之を贍給の材と謂ふ。捷能く失を摂る、之を権捷の材と謂ふ。守能く攻を待つ、之を持論の材と謂ふ。攻能く守を奪ふ、之を推徹の材と謂ふ。奪能く予を易ふ、之を貿説の材と謂ふ。通材の人は、既に此の八材を兼ね、之を行ふに道を以てす。通人と言へば、則ち解を同じくして心喩り、衆人と言へば、則ち色を察して性に順ふ。明は衆理を包むと雖も、以て人に尚ばず。聡叡資給なるも、以て人に先んぜず。善言己より出づるも、理足れば則ち止む。鄙誤人に在るも、過ぎて迫らず。人の懐く所を写し、人の能くする所を扶く。事類を以て人の婟む所を犯さず、言例を以て己の長ずる所に及ばず。直を説き変を説きて、畏悪する所無し。虫声の善音を采り、愚人の偶得を賛す。奪与宜しき有り、去就留まらず。其の盛気に方りては、折謝して吝かならず。其の難に勝つに方りては、勝ちて矜らず。心平らかに志諭り、士無く莫無く、道を得るを期するのみ。是れ与に世を経め物を理むるを論ずべきなり。

現代語訳

相手もまた自分の考えにふけっているために、こちらの意図を理解しないと、こちらはこの人は分かっていないと思う。人の情として、分からないと言われるのを嫌わない者はなく、それを嫌えば怒りのもつれ(怒構)が生じる。およそこの六つのもつれは、議論が変じてこじれる原因である。しかしもつれがあっても、なお得るところはある。もし説くだけで論難せず、各自が自分の見解を並べるだけなら、何に拠るべきかさえ分からない。ここから論じれば、談論して道理を定められる者はまれである。必ず次のようでなければならない。聡さは話の順序を聞き取り、思考は論の糸口をつくり、明察は機微を見抜き、言葉は意図を弁じ明らかにし、敏捷さは失言を取りまとめ、守りは攻撃を待ち受け、攻めは相手の守りを奪い、奪ったものを与え返す形に変えられる。この八つを兼ねて、はじめて天下の道理に通じることができる。天下の道理に通じれば、人に通じることができる。八つの美点を兼ね備えることができず、たまたま一つの能力があるだけなら、到達するところは偏り、持っているものの呼び名も異なる。それゆえ、聡さが話の順序を聞き取るのを名物の才という。思考が論の糸口をつくるのを構架の才という。明察が機微を見抜くのを達識の才という。言葉が意図を弁じるのを贍給(せんきゅう)の才という。敏捷さが失言をまとめるのを権捷の才という。守りが攻撃を待ち受けるのを持論の才という。攻めが守りを奪うのを推徹の才という。奪ったものを与え返す形に変えるのを貿説の才という。通材の人は、この八つの才をすべて兼ね、それを道にのっとって行う。通人と語れば理解を同じくして心が通じ合い、一般の人と語れば顔色を察してその性に順う。明察が多くの道理を包み込んでいても、それで人の上に立とうとはしない。聡明で言葉が豊かでも、それで人の先に出ようとはしない。良い言葉が自分から出ても、道理が足りればそこでやめる。つまらない誤りが相手にあっても、見過ごして追い詰めない。人の思っていることを言い表してやり、人のできることを助ける。事例を挙げて人の執着するところを傷つけず、言葉の例を引いて自分の長所に話を及ぼさない。まっすぐな道も変通の道も説いて、恐れ憚るところがない。虫の声のような取るに足らぬものからも良い音を採り、愚かな人がたまたま得た正解も称賛する。奪うことと与えることが宜しきを得て、去るも就くもこだわらない。相手の気が盛んなときには、へりくだって謝ることを惜しまない。論難に勝ったときには、勝っても誇らない。心は平らかで志は明らかであり、これと決めて固執することもなく、これを拒むこともなく、ただ道を得ることを期するだけである。このような人とこそ、世を治め物事を整えることを論じ合うことができる。

解説

材理篇の結論で、六構の最後の怒構を述べたあと、議論を通じて道理に達するための八能と、それを兼ね備えた通材の人の姿を描く。聴き取る・糸口を作る・機を見る・意を弁じる・失言を収める・守る・攻める・奪って与える、の八つを兼ねれば天下の理に通じ、人にも通じる。一つだけなら名物・構架・達識などの一材にとどまる。後半の通材の描写は、議論の達人というより人格の描写である。知恵を誇らず、相手の誤りを追い詰めず、愚者の偶然の正解も称え、勝っても驕らず、ただ道を得ることだけを求める。会議を良い結論に導く進行役や上司の理想像として、今もそのまま通用する。

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