人物志 / 材理
寬恕之人,不能速捷;論仁義則弘詳而長雅,趨時務則遲緩而不及。溫柔之人,力不休彊;味道則順適而和暢,擬疑難則濡懦而不盡。好奇之人,橫逸而求異;造權譎則倜儻而瑰壯,案清道則詭常而恢迂。所謂性有九偏,各從其心之所可以為理。若乃性不精暢,則流有七似:有漫談陳說,似有流行者。有理少多端,似若博意者。有迴說合意,似若讚解者。有處後持長,從眾所安,似能聽斷者。有避難不應,似若有餘,而實不知者。有慕通口解,似悅而不懌者。有因勝情失,窮而稱妙,跌則掎蹠,實求兩解,似理不可屈者。凡此七似,眾人之所惑也。夫辯,有理勝,有辭勝。理勝者,正白黑以廣論,釋微妙而通之。
新字:寛恕之人,不能速捷;論仁義則弘詳而長雅,趨時務則遅緩而不及。温柔之人,力不休彊;味道則順適而和暢,擬疑難則濡懦而不尽。好奇之人,横逸而求異;造権譎則倜儻而瑰壮,案清道則詭常而恢迂。所謂性有九偏,各従其心之所可以為理。若乃性不精暢,則流有七似:有漫談陳説,似有流行者。有理少多端,似若博意者。有迴説合意,似若讃解者。有処後持長,従衆所安,似能聴断者。有避難不応,似若有余,而実不知者。有慕通口解,似悦而不懌者。有因勝情失,窮而称妙,跌則掎蹠,実求両解,似理不可屈者。凡此七似,衆人之所惑也。夫弁,有理勝,有辞勝。理勝者,正白黒以広論,釈微妙而通之。
書き下し
寛恕の人は、速捷なること能はず、仁義を論ずれば則ち弘詳にして長雅、時務に趨けば則ち遅緩にして及ばず。温柔の人は、力休彊ならず、道を味はへば則ち順適にして和暢、疑難に擬すれば則ち濡懦にして尽くさず。好奇の人は、横逸にして異を求め、権譎を造れば則ち倜儻にして瑰壮、清道を案ずれば則ち詭常にして恢迂なり。所謂性に九偏有り、各其の心の可とする所に従ひて以て理と為す。若し乃ち性精暢ならざれば、則ち流に七似有り。漫談陳説して、流行有るに似たる者有り。理少なくして端多く、博意なるが若きに似たる者有り。迴説して意に合はせ、讃解するが若きに似たる者有り。後に処りて長を持し、衆の安んずる所に従ひて、能く聴断するに似たる者有り。難を避けて応ぜず、余り有るが若きに似て、実は知らざる者有り。通を慕ひて口もて解し、悦ぶに似て懌ばざる者有り。勝に因りて情失し、窮して妙と称し、跌すれば則ち掎蹠し、実は両解を求め、理の屈すべからざるに似たる者有り。凡そ此の七似は、衆人の惑ふ所なり。夫れ弁に、理勝有り、辞勝有り。理勝なる者は、白黒を正して以て論を広め、微妙を釈きて之を通ず。
現代語訳
寛大で思いやり深い人は、素早く対応することができない。仁義を論じさせれば広く詳しく悠然として雅やかだが、時々の実務に向かうと遅くて間に合わない。温和で柔らかな人は、力が強くない。道を味わわせれば素直でのびやかに調和しているが、疑わしく難しい問題に当たらせると、ぐずぐずして尽くしきれない。奇を好む人は、放縦で人と違うことを求める。臨機の奇策を立てさせれば自在で雄大だが、清らかな正道を考えさせると、常道から外れて大げさで回りくどい。いわゆる性には九つの偏りがあり、それぞれ自分の心が良しとするものを道理とするのである。もし本性が精妙でのびやかでなければ、その流れには七つの似て非なるもの(七似)がある。とりとめなく話を並べて、弁舌が流れるようであるかに見える者がいる。道理は少ないのに論点が多く、博識で意が広いかに見える者がいる。話を回して相手の意に合わせ、称賛し理解しているかに見える者がいる。後ろに控えて長所を保ち、大勢が安心する方に従って、よく聞いて判断できるかに見える者がいる。難問を避けて応じず、余裕があるかに見えて、実は知らない者がいる。通人ぶって口先で分かったと言い、喜んで納得しているように見えて実は納得していない者がいる。勝ちにこだわって実情を見失い、行き詰まると妙論だと言い張り、つまずけば相手の足を引っぱり、実は両方に通る解釈を求めながら、道理で屈服させられないかに見える者がいる。およそこの七似は、多くの人が惑わされるものである。そもそも弁論には、道理で勝つものと言葉で勝つものとがある。道理で勝つ者は、白黒を正して論を広げ、微妙な点を解きほぐして通じさせる。
解説
関連する章句
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人物志・材理堅勁の人は、好んで其の事実を攻む。機理を指せば則ち穎灼にして徹尽し、大道に渉れば則ち径露にして単持す。弁給の人は、辞煩にして意鋭し。人事を推せば則ち精識にして理を窮め、大義に即けば則ち恢愕にして周からず。浮沈の人は、沈思すること能はず、疏数を序すれば則ち豁達にして傲博、事要を立つれば則ち爁炎にして定まらず。
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人物志・材理夫れ理に四部有り、明に四家有り、情に九偏有り、流に七似有り、説に三失有り、難に六構有り、通に八能有り。若し夫れ天地の気化、盈気損益は、道の理なり。法制もて事を正すは、事の理なり。礼教の宜適は、義の理なり。人情の枢機は、情の理なり。四理同じからず、其の才に於けるや、明を須ちて章らかに、明は質を待ちて行はる。是の故に、質は理と合し、合して明有り、明足りて理を見、理足りて家を成す。是の故に、質性平淡にして、思心玄微、能く自然に通ずるは、道理の家なり。質性警徹にして、権略機捷、能く煩速を理むるは、事理の家なり。質性和平にして、能く礼教を論じ、其の得失を弁ずるは、義礼の家なり。質性機解にして、情を推し意を原ね、能く其の変に適ふは、情理の家なり。四家の明既に異にして、九偏の情有り。性を以て明を犯し、各得失有り。
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人物志・材理故に善く論を接する者は、長ずる所を度りて之を論じ、之を歴て動かざれば則ち説かず、傍らに聴達無ければ則ち難ぜず。善く論を接せざる者は、之に説くに雑・反を以てす。之に説くに雑・反を以てすれば、則ち入らず。
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人物志・接識法制の人は、分数を以て度と為す、故に能く較方直の量を識りて、変化の術を貴ばず。術謀の人は、思謨を以て度と為す、故に能く策略の奇を成して、遵法の良を識らず。器能の人は、弁護を以て度と為す、故に能く方略の規を識りて、制度の原を知らず。智意の人は、原意を以て度と為す、故に能く韜諝の権を識りて、法教の常を貴ばず。伎倆の人は、邀功を以て度と為す、故に能く進趣の功を識りて、道徳の化に通ぜず。臧否の人は、伺察を以て度と為す、故に能く訶砭の明を識りて、倜儻の異に暢びず。言語の人は、弁析を以て度と為す、故に能く捷給の恵を識りて、含章の美を知らず。是を以て互ひに相非駁し、肯へて相是とする莫し。
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人物志・材理人も亦其の方に思ふの故を以て、己が意を了せざれば、則ち以て解せずと為す。人情は解せざるを諱まざるは莫し、解せざるを諱めば則ち怒構す。凡そ此の六構は、変の由りて興る所なり。然れども変構有りと雖も、猶ほ得る所有り。若し説きて難ぜず、各見る所を陳ぶれば、則ち由る所を知る莫し。此に由りて之を論ずれば、談じて理を定むる者は眇なり。必ずや、聡は能く序を聴き、思は能く端を造り、明は能く機を見、辞は能く意を弁じ、捷は能く失を摂り、守は能く攻を待ち、攻は能く守を奪ひ、奪は能く予を易ふ。此の八者を兼ねて、然る後に乃ち能く天下の理に通ず。天下の理に通ずれば、則ち能く人に通ず。八美を兼有すること能はず、適々一能有れば、則ち達する所偏にして、有する所目を異にす。是の故に、聡能く序を聴く、之を名物の材と謂ふ。思能く端を造る、之を構架の材と謂ふ。明能く機を見る、之を達識の材と謂ふ。辞能く意を弁ず、之を贍給の材と謂ふ。捷能く失を摂る、之を権捷の材と謂ふ。守能く攻を待つ、之を持論の材と謂ふ。攻能く守を奪ふ、之を推徹の材と謂ふ。奪能く予を易ふ、之を貿説の材と謂ふ。通材の人は、既に此の八材を兼ね、之を行ふに道を以てす。通人と言へば、則ち解を同じくして心喩り、衆人と言へば、則ち色を察して性に順ふ。明は衆理を包むと雖も、以て人に尚ばず。聡叡資給なるも、以て人に先んぜず。善言己より出づるも、理足れば則ち止む。鄙誤人に在るも、過ぎて迫らず。人の懐く所を写し、人の能くする所を扶く。事類を以て人の婟む所を犯さず、言例を以て己の長ずる所に及ばず。直を説き変を説きて、畏悪する所無し。虫声の善音を采り、愚人の偶得を賛す。奪与宜しき有り、去就留まらず。其の盛気に方りては、折謝して吝かならず。其の難に勝つに方りては、勝ちて矜らず。心平らかに志諭り、士無く莫無く、道を得るを期するのみ。是れ与に世を経め物を理むるを論ずべきなり。
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人物志・七繆名利の路は、是得に在り。損害の源は、非失に在り。故に人は賢愚と無く、皆是得をして己に在らしめんと欲す。能く己の是を明らかにするは、同体に過ぐるは莫し。是を以て偏材の人は、交遊進趨の類、皆同体を親愛して之を誉め、対反を憎悪して之を毀り、異雑を序して尚ばざるなり。推して之を論ずれば、他の故無し。夫れ同体を誉め、対反を毀るは、彼の非を証して己の是を著す所以なり。異雑の人に至りては、彼に於いて益無く、己に於いて害無ければ、則ち序して尚ばず。是の故に、
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