人物志 / 九徵
具體而微,謂之德行;德行也者,大雅之稱也。
新字:具体而微,謂之徳行;徳行也者,大雅之称也。
書き下し
体を具へて微なる、之を徳行と謂ふ。徳行なる者は、大雅の称なり。
現代語訳
(中庸の)全体を備えてはいるが規模が小さいものを徳行という。徳行とは大雅(高く正しい人物)の呼び名である。
解説
中庸に次ぐ段階を「徳行」と呼ぶ短い一節である。「具體而微」は『孟子』に、顔淵らが聖人の全体を備えながら規模が小さいと評された言葉で、劉劭はこれを借りて、中庸の要素を一通り持ちながら、まだ聖人の大きさには達しない人を指した。それを『詩経』の大雅になぞらえ、高く正しい人物の呼び名とする。完成形には及ばないが、全体の均衡を失っていないことが徳行の条件である。現代の組織でも、何か一つが突出しているより、欠けのない基本を小さくても備えている人のほうが、長く信頼を得ることが多い。
関連する章句
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人物志・九徵是の故に德を兼ねて至る、之を中庸と謂ふ。中庸は、聖人の目なり。
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人物志・九徵是の故に中庸の質は此の類に異なる。五常既に備はり、包むに澹味を以てす。五質内に充ち、五精外に章らかなり、是を以て目は五暉の光を彩る。故に曰く、物生じて形有り、形に神精有り。能く精神を知らば、則ち理を窮め性を尽くす。性の尽くす所は、九質の徴なり。然らば則ち平陂の質は神に在り、明暗の実は精に在り、勇怯の勢は筋に在り、彊弱の植は骨に在り、躁静の決は気に在り、惨懌の情は色に在り、衰正の形は儀に在り、態度の動は容に在り、緩急の状は言に在り。其の人と為りや、質素平澹、中叡外朗、筋勁く植固く、声清く色懌び、儀正しく容直く、
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人物志・九徵三度同じからず、其の徳は称を異にす。故に偏至の材は、材を以て自ら名づけ、兼材の人は、徳を以て目と為し、兼徳の人は、更に美号を為す。
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人物志・體別夫れ中庸の徳は、其の質に名無し。故に鹹にして鹻ならず、淡にして𨣈ならず、質にして縵ならず、文にして繢ならず。
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人物志・九徵故に誠に仁なれば、必ず溫柔の色有り。誠に勇なれば、必ず矜奮の色有り。誠に智なれば、必ず明達の色有り。
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中庸大なるかな、聖人の道。洋洋乎(ようようこ)として万物を発育し、峻(たか)くして天に極まる。優優(ゆうゆう)として大なるかな。礼儀三百、威儀三千、其の人を待ちて然る後に行わる。故に曰く、苟(いやしく)も至徳ならざれば、至道は凝(な)らずと。故に君子は徳性を尊びて問学に道(よ)り、広大を致して精微を尽くし、高明を極めて中庸に由る。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知り、敦厚(とんこう)にして以て礼を崇(たっと)ぶ。是の故に上に居りて驕らず、下と為りて倍(そむ)かず。国に道有れば、其の言以て興(おこ)すに足り、国に道無ければ、其の黙以て容(い)るるに足る。詩に曰く、『既に明かつ哲、以て其の身を保つ』と。其れ此れの謂いか。
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