人物志 / 自序
人物之察也,如此其詳。是以敢依聖訓,志序人物,庶以補綴遺忘。惟博識君子裁覽其義焉。
新字:人物之察也,如此其詳。是以敢依聖訓,志序人物,庶以補綴遺忘。惟博識君子裁覧其義焉。
書き下し
人物の察や、此くの如く其れ詳らかなり。是を以て敢へて聖訓に依りて、人物を志序し、庶はくは以て遺忘を補綴せんとす。惟だ博識の君子、其の義を裁覧せよ。
現代語訳
人物を見きわめることについて、(孔子の教えは)これほど詳しい。そこで私はあえて聖人の教えに依って、人物について記して順序立て、忘れ落とされてきたところを補いつづりたいと願う。どうか博識の君子がその意義を判断して読んでほしい。
解説
自序の結びである。孔子の教えに人物観察の知恵がこれほど詳しく含まれているのだから、それに依拠して人物を記し分類し、忘れられかけた部分を補うのだと劉劭は述べる。自分の独創を誇るのではなく、聖人の教えの補綴だと位置づける謙遜は、儒教的な著述の作法であると同時に、人物評価が恣意に流れないよう古典に根拠を求める態度でもある。曹魏では人物の品評が官職の配分に直結したため、評価の基準をどこに置くかは切実な問題だった。現代の人事評価でも、評価者の好みではなく共有された基準に依ることが、評価の信頼を支える土台になる。
関連する章句
-
人物志・自序是を以て聖人は爻象を著して、則ち君子小人の辞を立つ。詩志を叙して、則ち風俗雅正の業を別ち、礼楽を制して、則ち六芸祗庸の徳を考へ、南面を躬らして、則ち俊逸輔相の材を援く。皆衆善を達して天功を成す所以なり。天功既に成れば、則ち並びに名誉を受く。是を以て堯は克(よ)く俊徳を明らかにするを以て称と為し、舜は二八を登庸するを以て功と為し、湯は有莘の賢を抜くを以て名と為し、文王は渭浜の叟を挙ぐるを以て貴しと為す。此に由りて之を論ずれば、聖人の徳を興すや、孰か聡明を人を求むるに労して、安逸を任使に獲ざる者あらんや。是の故に仲尼は試ゐられず、援升する所無きも、猶ほ門人を序して以て四科と為し、衆材を泛論して以て三等を弁ず。又中庸を歎じて以て聖人の徳を殊にし、徳を尚びて以て庶幾の論を勧む。六蔽を訓へて以て偏材の失を戒む。狂狷を思ひて以て拘抗の材を通ず。悾悾として信無きを疾みて、以て似たるの保ち難きを明らかにす。又曰く、
-
人物志・自序夫れ聖賢の美とする所、聰明より美なるは莫く、聰明の貴ぶ所、知人より貴きは莫し。
-
人物志・釋爭君子誠に能く争途の名険を睹て、独り玄路に高く乗れば、則ち光暉煥として日に新たに、徳声古人に倫しからん。
-
人物志・八觀八観とは、一に曰く、其の奪救を観て、以て間雑を明らかにす。二に曰く、其の感変を観て、以て常度を審らかにす。三に曰く、其の志質を観て、以て其の名を知る。四に曰く、其の所由を観て、以て依似を弁ず。五に曰く、其の愛敬を観て、以て通塞を知る。六に曰く、其の情機を観て、以て恕惑を弁ず。
-
人物志・八觀聖の称たるは、明智の極明なればなり。是の故に、其の聡明を観て、達する所の材知るべきなり。
-
人物志・自序其の安んずる所を察し、其の由る所を觀て、以て居止の行を知る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る