人物志 / 自序
是以聖人著爻象,則立君子小人之辭。敘詩志,則別風俗雅正之業;制禮樂,則考六藝祗庸之德;躬南面,則援俊逸輔相之材。皆所以達眾善而成天功也。天功既成,則並受名譽。是以堯以克明俊德為稱,舜以登庸二八為功;湯以拔有莘之賢為名,文王以舉渭濱之叟為貴。由此論之,聖人興德,孰不勞聰明於求人,獲安逸於任使者哉?是故仲尼不試,無所援升,猶序門人以為四科,泛論眾材以辨三等。又歎中庸以殊聖人之德,尚德以勸庶幾之論。訓六蔽以戒偏材之失。思狂狷以通拘抗之材。疾悾悾而無信,以明為似之難保。又曰
新字:是以聖人著爻象,則立君子小人之辞。敘詩志,則別風俗雅正之業;制礼楽,則考六芸祗庸之徳;躬南面,則援俊逸輔相之材。皆所以達衆善而成天功也。天功既成,則並受名誉。是以堯以克明俊徳為称,舜以登庸二八為功;湯以抜有莘之賢為名,文王以舉渭浜之叟為貴。由此論之,聖人興徳,孰不労聰明於求人,獲安逸於任使者哉?是故仲尼不試,無所援升,猶序門人以為四科,泛論衆材以弁三等。又嘆中庸以殊聖人之徳,尚徳以勧庶幾之論。訓六蔽以戒偏材之失。思狂狷以通拘抗之材。疾悾悾而無信,以明為似之難保。又曰
書き下し
是を以て聖人は爻象を著して、則ち君子小人の辞を立つ。詩志を叙して、則ち風俗雅正の業を別ち、礼楽を制して、則ち六芸祗庸の徳を考へ、南面を躬らして、則ち俊逸輔相の材を援く。皆衆善を達して天功を成す所以なり。天功既に成れば、則ち並びに名誉を受く。是を以て堯は克(よ)く俊徳を明らかにするを以て称と為し、舜は二八を登庸するを以て功と為し、湯は有莘の賢を抜くを以て名と為し、文王は渭浜の叟を挙ぐるを以て貴しと為す。此に由りて之を論ずれば、聖人の徳を興すや、孰か聡明を人を求むるに労して、安逸を任使に獲ざる者あらんや。是の故に仲尼は試ゐられず、援升する所無きも、猶ほ門人を序して以て四科と為し、衆材を泛論して以て三等を弁ず。又中庸を歎じて以て聖人の徳を殊にし、徳を尚びて以て庶幾の論を勧む。六蔽を訓へて以て偏材の失を戒む。狂狷を思ひて以て拘抗の材を通ず。悾悾として信無きを疾みて、以て似たるの保ち難きを明らかにす。又曰く、
現代語訳
そういうわけで聖人は『易』の爻(こう)と象を著して、君子と小人を分ける言葉を立てた。『詩』の志を順序立てては風俗の雅と正の業を分け、礼楽を制定しては六芸と恒常の徳を考え定め、自ら南面して政を執っては、すぐれた人物や補佐の人材を引き上げた。これらはみな多くの善を行き渡らせ、天の功業を成し遂げるためのものである。天の功業が成れば、君臣がともに名誉を受ける。だから堯(ぎょう、古の聖王)は「よく俊徳を明らかにした」ことで称えられ、舜(しゅん、堯の後継者)は八元・八愷の十六人を登用したことを功とし、湯(とう、殷の開祖)は有莘(ゆうしん)の地の賢者伊尹を抜擢したことで名を上げ、文王(周の基を築いた王)は渭水のほとりの老人(太公望呂尚)を挙げ用いたことで貴ばれた。ここから論じれば、聖人が徳を興すにあたって、人を求めることに聡明を尽くして苦労し、人に任せることで安逸を得なかった者があろうか。それゆえ仲尼(ちゅうじ、孔子)は世に用いられず、人を引き上げる地位もなかったが、それでも門人を順序立てて四科(徳行・言語・政事・文学)とし、多くの人材を広く論じて三等(生まれながら知る者・学んで知る者・困って学ぶ者)を弁別した。また中庸を讃嘆して聖人の徳を別格とし、徳を尊んで聖人に近い者を論じて励ました。六つの弊害(六蔽)を教えて偏った才の欠点を戒め、狂者と狷者を思って、進みすぎる者と控えすぎる者の才を通じさせた。まじめそうでいて信のない者を憎んで、似て非なる者は当てにしがたいことを明らかにした。さらに(孔子は)言った、
解説
関連する章句
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人物志・自序人物の察や、此くの如く其れ詳らかなり。是を以て敢へて聖訓に依りて、人物を志序し、庶はくは以て遺忘を補綴せんとす。惟だ博識の君子、其の義を裁覧せよ。
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荀子・非十二子篇若(も)し夫(そ)れ方略を總べ、言行を齊(ととの)え、統類を壹にして、天下の英傑を群(あつ)め、之に告ぐるに大古を以てし、之を教うるに至順を以てせば、奧窔(おうよう)の間、簟席(てんせき)の上、斂然(れんぜん)として聖王の文章具(そな)わり、佛然(ふつぜん)として平世の俗起こらん。則ち六説の者も入る能わず、十二子の者も親しむ能わず。置錐(ちすい)の地無くとも、王公も之と名を爭う能わず。一大夫の位に在れば、則ち一君も獨り畜(やしな)う能わず、一國も獨り容るる能わず。名を成すこと諸侯に況(まさ)り、以て臣と為さんことを願わざるは莫し。是れ聖人の埶(せい)を得ざる者なり、仲尼・子弓是れなり。天下を一にし、萬物を財(さい)し、人民を長養し、天下を兼利すれば、通達の屬(ぞく)、從服せざるは莫く、六説の者は立ちどころに息(や)み、十二子の者は遷化せん。則ち聖人の埶を得たる者、舜・禹是れなり。
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人物志・釋爭是の故に、舜は徳に譲りて顕義登聞し、湯は降ること遅からずして聖敬日に躋る。隙至は人に上りて抑下滋々甚だしく、王叔は争ひを好みて終に出奔す。然らば則ち
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