囲炉夜話 / 第二百二十一則・淡きこと秋水の如し貧中の味
遇老成人,便肯殷殷求教,則向善必篤也。 聽切實話,覺得津津有味,則進德可期也。 余最愛草廬日錄有句云:淡如秋水貧中味,和若春風靜後功。 讀之覺矜平躁釋,意味深長。
新字:遇老成人,便肯殷殷求教,則向善必篤也。 聴切実話,覚得津津有味,則進徳可期也。 余最愛草廬日録有句云:淡如秋水貧中味,和若春風静後功。 読之覚矜平躁釈,意味深長。
書き下し
老成の人に遇はば、便ち肯て殷殷として教を求む、則ち善に向かふこと必ず篤きなり。 切實の話を聽きて、津津として味有るを覺ゆ、則ち德に進むこと期す可きなり。 余最も草廬日錄に句有りて云ふを愛す:淡きこと秋水の如し貧中の味、和なること春風の若し靜後の功。 之を讀みて矜平らかに躁釋くるを覺え、意味深長なり。
現代語訳
経験を積んだ年長者に会えば、ねんごろに教えを求めようとする。そういう人は、善に向かう心が必ず厚いものです。身に迫る実のある話を聞いて、しみじみ味わい深く感じる。そういう人は、徳が進むことを期待できます。私は『草廬日録』にある次の句が最も好きです。「秋の水のように淡いのが貧しさの中の味わいであり、春の風のように穏やかなのが心を静めた後の成果である」。これを読むと、高ぶる心が鎮まり、苛立ちが解けていくのを感じ、意味が深く長く残ります。
解説
学ぶ人の兆しを二つ挙げ、最後に著者の愛唱の句を添えた則です。老成の人とは、経験を積んだ年長者のことです。そういう人に会うと進んで教えを求める人、実のある話を聞いて津津、つまり尽きない味わいを感じる人は、善にも徳にも確かに進むと言います。続いて著者は『草廬日録』の一句を引きます。貧しさの中の味わいは秋の水のように淡く、心を静めた後の功は春風のように和やかだという意味です。これを読むと高ぶりが平らかになり、苛立ちが解けると書いています。炉辺で語る著者自身の好みが伝わる、温かな一則です。
この章句が説くこと
求教静安貧座右修身
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