囲炉夜話 / 第二百十八則・多方に之を誘ひて過を改めしむ
王者不令人放生,而無故卻不殺生,則物命可惜也。 聖人不責人無過,惟多方誘之改過,庶人心可回也。
新字:王者不令人放生,而無故却不殺生,則物命可惜也。 聖人不責人無過,惟多方誘之改過,庶人心可回也。
書き下し
王者は人をして生を放たしめず、而して故無くして卻つて生を殺さず、則ち物命惜しむ可きなり。 聖人は人に過無きを責めず、惟だ多方に之を誘ひて過を改めしむ、庶はくは人心回る可きなり。
現代語訳
王者は人々に生き物を放すことを命じはしませんが、理由もなく生き物を殺すことはしません。生き物の命は惜しむべきものだからです。聖人は人に過ちがないことを求めはしませんが、ただいろいろな方法で導いて過ちを改めさせます。そうすれば人の心は立ち返ることができるでしょう。
解説
王者と聖人の寛さと慎みを、生き物と人の心の二つの場面で示す対句です。放生とは、捕らえた魚や鳥を放して功徳を積む、仏教に由来する行いです。王者はそれを人に強いはしないが、理由のない殺生もしないと言います。生き物の命を大切にしつつ、極端な作法は求めないという中庸の立場です。下の句は、聖人は人に過ちのないことを求めず、さまざまな手だてで誘い導いて改めさせると言います。完璧を求めず、改める道を開いておくことが人心を戻すというのです。失敗を責めるより改め方を示す指導の姿勢に通じます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
改過寛容仁教育修身
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