囲炉夜話 / 第二百二則・友は以て德を成す
友以成德也,人而無友,則孤陋寡聞,德不能成矣。 學以愈愚也,人而不學,則昏昧無知,愚不能愈矣。
新字:友以成徳也,人而無友,則孤陋寡聞,徳不能成矣。 学以愈愚也,人而不学,則昏昧無知,愚不能愈矣。
書き下し
友は以て德を成すなり、人にして友無ければ、則ち孤陋寡聞にして、德成る能はず。 學は以て愚を愈すなり、人にして學ばざれば、則ち昏昧無知にして、愚愈ゆる能はず。
現代語訳
友は徳を完成させるためのものです。人に友がいなければ、独りよがりで見聞が狭くなり、徳を完成させることはできません。学問は愚かさを治すためのものです。人が学ばなければ、道理に暗く無知なままで、愚かさを治すことはできません。
解説
友と学問の働きを、同じ形の文で並べた対句です。上の句の孤陋寡聞は、『礼記』学記篇の「独学にして友無ければ、則ち孤陋にして寡聞なり」を踏まえた言葉です。一人で学んでいると考えが偏り見聞が狭くなるので、友は徳を成すために欠かせないと言います。下の句は、学問は愚を治す薬だと言い、学ばなければ昏昧、つまり道理に暗いままだと言います。友は横から自分を正し、学問は内から自分を開くもので、両方がそろって人は育ちます。一人で抱え込みがちな勉強や仕事ほど、率直に意見を言ってくれる仲間が大切になります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
友学問徳礼記修身
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